手指衛生のススメ
- 手指衛生の目的と種類
- 医療従事者に求められる手指衛生
- 手指衛生のタイミング
- 手荒れの原因とその対策
- 手指衛生の遵守率向上への取り組み
- 手指衛生のレベルチェック
- ノータッチ式ディスペンサーの有用性
- 原液・ディスポーザブル使用のススメ
- 手指衛生遵守率向上と医療関連感染について
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医療施設において、MRSAやVREなどによる医療関連感染が大きな問題となっています。感染を引き起こす病原体の多くは、汚染された医療従事者の手指を介して伝播すると考えられています1)。そのため、手指衛生は、医療関連感染を防止する上で最も重要な手段と考えられており、CDCやWHOを始め多くの専門機関から医療従事者の手指衛生の重要性が呼びかけられています1-3)。
手指衛生を促進するための様々な取り組みやその結果を含めた論文が、数多く報告されています。例えば、手指衛生の観察調査や職員教育、ポスターによる啓蒙などの介入によって手指衛生の遵守率が向上し、その結果、医療関連感染の低下が認められたとの報告があります(表)。特に、手指衛生遵守調査および結果のフィードバックは、手指衛生の実施を促し、遵守率の向上に有効であると考えられます。
また、手指衛生遵守率向上のためには、一つの介入だけではなく、複数の介入を組み合わせることも重要です。さらに、それらを継続的に実施し、注意喚起や意識づけにつなげることが求められています。
表 手指衛生遵守率向上のための取り組みと結果 著者 対象 介入内容 手指消毒剤使用量
[手指衛生遵守率]
介入前→後医療関連感染
介入前→後Nishioka T
(2010)4)病院全体 - 全ての洗面台に手指消毒剤設置
- 手荒れ対策(3種類の手指消毒剤採用)
- ポスター
- 指導、監督
- ニュースレター
- 使用量調査とフィードバック
病棟:420→610L
外来:166→273LMRSA新規検出数:
10.3→8.8件
(10,000 patient-daysあたり)Doron SI
(2011)5)病院全体 - 共有スペースへのディスペンサー設置
- ポスター、ステッカー
- 教育
- リーダーからの働きかけ強化
- 直接観察とフィードバック
[72→94%] MRSAとVREの
新規感染率減少
(1,000 patient-daysあたり)Hisato A
(2011)6)病院全体 - ディスペンサー設置
- ポスター
- 教育、指導
- ニュースレター
- 使用量調査とフィードバック
2.93±0.84→8.58±2.93L
(1,000 patient-daysあたり)MRSA分離率:
12.6±2.5→10.4±1.5%
(総依頼検体あたり)Pittet D
(2013)7)43病院の
55部署- 手指消毒剤の供給
- ポスター
- 教育
- 調査結果のフィードバック
[51.0→67.2%] ― Hamada Y
(2016)8)病院全体 - 外来患者トイレに手指消毒剤設置
- ポスター
- 依頼文配布
- カウンター導入
- 直接観察とフィードバック
5.8→11.6L
(1,000 patient-daysあたり)MRSA検出率:2.5→1.5
(MRSA検出数/延べ入院患者数×1,000)
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- CDC,APIC,SHEA, How-to Guide: Improving Hand Hygiene -A Guide for Improving Practices among Health Care Workers
http://www.macoalition.org/Initiatives/docs/HandHygieneHowtoGuide.pdf:2023年5月26日現在. - WHO, WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care
https://www.who.int/publications/i/item/9789241597906:2023年5月26日現在. - Boyce JM, et al. Guideline for hand hygiene in health-care settings. Recommendations of the healthcare infection control practices advisory committee and the HICPAC/SHEA/APIC/IDSA hand hygiene task force, Morbidity and Mortality Weekly Report, 2002, 51:1-45
- 西岡達也, 他. 速乾性手指消毒剤による手指衛生の遵守率向上への取り組みとその評価. 環境感染誌. 2010, 25(1):37-40.
- Doron SI, et al. A Multifaceted Approach to Education, Observation, and Feedback in a Successful Hand Hygiene Campaign. Jt Comm J Qual Patient Saf. 2011, 37(1):3-10.
- 久斗章広, 他. 手指衛生コンプライアンス指標の向上とMRSA分離率の減少. 環境感染誌. 2011, 26(4):243-8.
- Pittet D, et al. Global implementation of WHO's multimodal strategy for improvement of hand hygiene: a quasi-experimental study. Lancet Infect Disease. 2013, 13(10):843-51.
- 浜田幸宏, 他.手指消毒薬倍量キャンペーン実施内容とその効果. 環境感染誌. 2016, 31(1):32-5.
- CDC,APIC,SHEA, How-to Guide: Improving Hand Hygiene -A Guide for Improving Practices among Health Care Workers
- 手指衛生遵守の確認方法
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現状の問題を整理し、手指衛生遵守率向上のための計画的かつ戦略的な取り組みを続けていくためには、手指衛生遵守率を評価し活用していくことが有効です。評価方法には間接観察法と直接間接法があり、施設の状況や必要に応じて選択し実施します(表2)。
表2 手指衛生遵守率の評価方法 種類 概要 長所 短所 製品 直接観察法 第三者が手指衛生が必要な機会と実際に行った回数、さらに手技等を調査する ・手指衛生の機会と行動を捉えることができる
・詳細を観察することができる(誰が手指衛生を行ったか、良いまたは悪い手指衛生遵守率の因子は何かなど)
・手指衛生の手技を評価できる
・観察の精度が最も高い・作業時間がかかる
・観察者によるばらつきを減らすため、研修により正当性が認められた観察者が必要
・観察バイアス*1、観察者バイアス*2、選択バイアス*3がかかりやすい
・観察方法が標準化されていない・Compleo-DO 間接観察法 自己申告 聞き取りまたは質問用紙を用いて、手指衛生回数などを調査する ・費用が安価である
・スタッフ自身が手指衛生行動について考えることができる・実際の遵守より過大評価する
・結果を信頼しにくい手指衛生剤の使用量調査(患者・日あたり) 石けんやアルコール手指消毒剤などの使用量を測定する ・費用が安価である
・総合的な手指衛生活動を反映している(選択バイアスがない)・手指衛生が適切なタイミングで行われているかの情報がない
・誰が手指衛生を行ったのかの情報がない(職種別、患者、見舞い客など)
・手指衛生の手技を評価することができない
・病棟での製剤の長期在庫、結果に影響を与える可能性がある
・患者と見舞い客の使用量によって結果に影響を与える
・製剤の使用量を正確に測定しなければならない自動モニタリングシステム 無線デバイスを内蔵した石けんやアルコール手指消毒剤のディスペンサーを用いて手指衛生回数に関する情報を得る ・観察バイアス、観察者バイアスの影響を受けない
・労力削減、解析時間の短縮につながる・設置およびメンテナンス費用が高額
・手指衛生の手技を評価することができない・Compleo-PRO ビデオ監視 なるべく目立たない場所にビデオカメラを設置し、手指衛生行動を観察する ・観察時間の選択バイアスがない
・観察バイアスを最小限にできる
・多くの患者ケアエリアを確認できる・設置およびメンテナンス費用が高額
・録画記録を見直さなければならない
・カメラの撮影範囲に限度があるためバイアスとなり得る
・患者やスタッフのプライバシーの保護に留意する必要がある医療関連感
染率薬剤耐性菌の伝播率や医療関連感染率を用いる ・手指衛生遵守のアウトカムである医療関連感染率の減少で評価できる
・施設によって既に収集されている場合が多いため、新たにデータを収集する必要がない手指衛生と医療関連感染の関係性に他の要因(患者の病状や他の感染対策)が混在する可能性がある *1 ホーソン効果とも呼ばれる。観察者の存在は、手指衛生行動を改善させる
*2 観察者によって結果が異なる
*3 体系的に選ばれた、時間、ケア場面、部門、医療従事者、観察のための機会は、全体の手指衛生遵守を反映していない
- 参考文献
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9)World Health Organization. WHO guidelines on hand hygiene in health care: First global patient safety challenge clean care is safer care.
https://www.who.int/publications/i/item/9789241597906 : 2023年5月26日現在.
10)Haas JP, et al. Measurement of compliance with hand hygiene. J Hosp Infect 2007 ; 66(1) : 6-14.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17276546/:2023年5月26日現在.
- 手指衛生遵守率を改善するための取り組み
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「手指衛生を可能、簡単、行いやすくする」、「教育」、「定期的な観察とフィードバック」、「現場のリマインダー(注意喚起)」、「施設における安全風土の改善」など戦略的な取り組みが必要です。そして、このような戦略は単独で行わず、複数組み合わせて行うとより効果的です。
手指衛生を可能、簡単、行いやすくする
作業場所から腕を伸ばせば届く位置にアルコール手指消毒剤を設置することが遵守率を改善するための重要なポイントです。そのため、アルコール手指消毒剤を各病室の出入り口や、誤飲などの心配がない場合は各ベッドサイドに設置します。また、携帯用の容器を個人が携帯することも検討します。ユニフォームに装着できる専用のコードリールやウエストポーチなどを用いて個人にアルコール手指消毒剤を携帯させることで、手指衛生の遵守率が向上した、あるいは新規MRSA保菌者数が減少したことが報告されています13 , 14)。手洗い設備には、常に石けんと流水による手洗いができるように、石けんとペーパータオルを準備します。
教育
手指衛生促進のための主な教育項目は、(1) 微生物を患者に伝播させてしまう潜在的リスク、(2)患者からの微生物による医療従事者への定着もしくは感染の潜在的リスク、(3) 医療関連感染に伴う罹患率、死亡率、コスト、(4) いつ手指衛生が必要であるか、(5) 適切な手指衛生方法(薬剤の選択、手技など)、(6)ハンドケアの必要性などがあげられます15)。1回限りの教育的介入の効果は、短期間でしかないとされているため15)、継続して教育を行うことが重要です。
定期的な観察とフィードバック
定期的な観察を行い評価する項目としては、直接観察による手指衛生遵守の状況、石けんとアルコール手指消毒剤の使用量、手指衛生に関する病棟設備の状況、医療関連感染と手指衛生に関する医療従事者の知識レベルなどがあげられます16)。そして、その結果を現場にフィードバックすることは手指衛生に関する認識を高めるために非常に重要です。また、定期的な観察を継続することで、手指衛生遵守改善の介入が行われた場合にその介入の効果を評価することができます。
現場のリマインダー(注意喚起)
現場でのリマインダーは、医療従事者に手指衛生の重要性および適切なタイミングと方法について再認識してもらうための手段です16)。また患者や面会者に対しては、手指衛生に関する情報を提供するための手段でもあります16)。現場でのリマインダーは、ポスターや手指衛生の手順パネルが代表的ですが、その他にパソコンの壁紙やスクリーンセーバー、病院内ニュースレターを活用するなど、手指衛生を医療従事者に常に思い出してもらう環境をつくることが重要です。
施設における安全風土の改善
施設の安全風土の改善は、個人、施設などすべてのレベルにおいて手指衛生の促進を最優先で考慮し、患者安全に関する自覚を促す環境と認識を作り上げることです16)。施設における安全風土の改善には、個人レベルおよび施設レベルで、積極的に手指衛生改善戦略に取り組むこと、自己効力感を高めることが含まれます16)。また、医療従事者と患者の関係において、医療従事者は患者を考慮して正しい手指衛生を実施すること、そして患者も手指衛生を意識・理解し、正しい手指衛生を実施するよう医療従事者へ働きかけることが重要です。
多面的な戦略
手指衛生の実施を促進するために、複数の戦略を組み合わせた多面的な戦略は、手指衛生の遵守を向上させるために有効であることが報告されています17,18)。
- 参考文献
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13) 脇坂浩. 携帯型手指消毒薬の導入と手指衛生教育による手指衛生遵守率への効果. 環境感染誌 2009 ; 24(1) : 47-52.
14) 横山みゆき, 他. 速乾性擦式消毒用アルコール製剤を携帯して使用することがNICUの新規MRSA保菌患者に与える影響. 日本新生児看護学会 2010 ; 16(1) : 25-27.
15) Boyce JM, et al ; Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee ; HICPAC/SHEA/APIC/IDSA Hand Hygiene Task Force.
Guideline for hand hygiene in health-care settings. Recommendations of the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee and the HICPAC/SHEA/APIC/IDSA Hand Hygiene Task Force. Society for Healthcare Epidemiology of America/Association for Professionals in Infection Control/Infectious Diseases Society of America. MMWR Recomm Rep. 2002 ; 51(RR-16) : 1-45.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/RR/RR5116.pdf : 2023年5月19日現在.
16) World Health Organization. Guide to implementation : A guide to the implementation of the WHO multimodal hand hygiene Improvement Strategy.
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/70030/1/WHO_IER_PSP_2009.02_eng.pdf?ua=1 : 2023年5月19日現在.
17) Naikoba S, et al. The effectiveness of interventions aimed at increasing handwashing in healthcare workers - a systematic review. J Hosp Infect 2001 ; 47(3) : 173-180.
18) Huis A, et al. A systematic review of hand hygiene improvement strategies: a behavioural approach. Implement Sci 2012 ; 7 : 92. doi : 10.1186/1748-5908-7-92.
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