HosCom 2026 vol.23 no.2最新号
聞いてみよう!となりの感染対策
小さな工夫から始める、手指衛生と業務効率の両立
- 岡田 恵代
- 大阪公立大学医学部附属病院 感染制御部
※本記事は、「HosCom 2026 vol.23 no.2(2026年7月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
現在、多くの医療機関が、病床稼働率の向上、慢性的な人手不足、限られた経営資源といった厳しい状況の中で診療を続けている。そのような環境においても、医療安全と感染対策、特に手指衛生の徹底は省略できない。一方で現場は常に繁忙であり、「手指衛生の徹底が正しいことは分かっているが、実践し続けるのが難しい」というジレンマを抱えているのも事実である。
当院は築30年以上が経過した施設であり、構造的にも感染対策上、理想的とは言えない部分が少なくない。そこで私たちは、「個人の努力」に頼るのではなく、清潔と不潔の境界をできるだけ明確にし、手指衛生が適切に実施されやすい構造や手順へ変えることを重視して、環境整備、手順の見直し、材料選定に取り組んできた。
事例① ケア手順の工夫だけで変わる手指衛生の効率
感染対策の工夫というと、新しい物品の導入や設備整備に目が向きがちである。しかし、日常のケア手順を少し見直すだけでも、手指衛生の実践のしやすさと業務効率は大きく変わる。
例えば、同一患者に対して「バイタルサイン測定」と「点滴接続」を行う場面を考える。バイタルサイン測定を先に行い、その後に点滴接続を行う場合、患者接触前後や清潔操作前の手指衛生を含めると、手指衛生は合計4回必要になる。一方、先に点滴接続を行い、その後にバイタルサイン測定を行う手順にすると、手指衛生は2回で済む(図1)。
このように、ケアの順番を変えるだけで必要な手指衛生の回数を減らすことができる。忙しい現場では、ケアの途中で何度も手指衛生を行うこと自体が負担となり、手指衛生が省略されるリスクが高まる。であれば、清潔操作を先にまとめるなど、手指衛生が適切に実施されやすい流れに手順を組み替えることが重要である。また、電子カルテ操作を途中で挟む必要がある場合には、患者対応終了後に電子カルテ周辺を清拭消毒してリセットする、といった工夫も有効である。ケア内容や頻度を踏まえ、より効率的な手順を選択することが、手指衛生を「実践し続ける」ための現実的な方法となる。
事例② 陰部ケアの見直し:洗浄から清拭ワイプへ
陰部ケアは患者の清潔保持に欠かせない一方、準備や片付け、物品洗浄など多くの工程を含んでいる。当院では従来、タオルと洗浄物品を用いた陰部洗浄を行っており、1回のケアに「準備5分、洗浄15分、片付け10分」、合計約30分を要していた。この方法は丁寧なケアが可能である反面、使用後物品の洗浄・消毒・乾燥・保管が必要なため、さらに時間を要し、また汚染物(陰部洗浄ボトルなど)をベッドサイドから持ち出す動線が生じる。その過程では手指衛生の機会も増え、繁忙時には手指衛生が省略されるリスクが高まるという課題があった。
そこで、陰部ケアに使い捨ての清拭ワイプを導入した。ワイプは単価だけを見ると高価に感じられるが、準備や片付け、物品洗浄などが不要となり、ケア時間は大幅に短縮され、手指衛生のタイミングも削減された。さらに使用後はその場で使用済みワイプを廃棄できるため、汚染物を持って病棟内を移動する必要がなくなり、環境汚染リスクの低減にもつながった(図2)。さらに近年では、ワイプ製品に加えて泡タイプの清拭剤も普及しており、比較的安価で洗浄力に優れた製品も選択可能となっている。これらを適切に使い分けることで、施設の状況に応じた柔軟な運用が可能となり、感染リスク低減と業務効率化の両立が期待される。
一方、「お湯と石鹸を使わないことで清潔が保てないのではないか」「尿路感染症(UTI)が増えるのではないか」という懸念もあった。当院ではカテーテル関連尿路感染(CAUTI)サーベイランスにより感染発生状況を継続的にモニタリングしている。ワイプ導入後のCAUTI発生率(1,000カテーテル・日あたり)は、2023年1.69、2024年1.49、2025年1.44と減少傾向で推移しており、ケア変更による感染リスク増加は認められていない。
これらのデータを現場へフィードバックし、「ケア方法」ではなく尿路感染を防ぐという目的意識を共有しながらUTI低減に取り組んでいる。
重要なのは、「お湯と石鹸で洗うこと」そのものではなく、感染を起こさせないという視点でケア全体を再設計することである。
事例③ 尿量測定の見直し:従来法からシステム化へ
次に紹介するのは、より規模の大きい取り組みである尿量測定の見直しである。
従来、尿量測定は採尿、計量、容器の洗浄・消毒・乾燥・保管という工程で行われてきた。1回あたりの負担は小さく見えても、病棟全体では大きな業務量となる。
当院の業務量調査では、採尿容器処理だけで年間約4,000時間、時給1,500円換算で約600万円相当の人件費を要していることが明らかとなった。さらに洗浄作業に伴う環境汚染や交差リスクも課題であった。
そこで、頻回測定が必要な部署に限定し、排尿と同時に便器内で尿量を測定できるシステムを導入した。初期コストを考慮し、院内一律ではなく効果が大きい部署に絞って運用している。その結果、採尿、計量、容器の洗浄・消毒といった工程が不要となり、業務時間削減に加え、汚染物に触れる機会そのものを減らすことができた。これは手指衛生回数を減らすというより、「汚染物に触れない構造へ変える」ことで感染リスクを下げる取り組みである(図3)。
おわりに
事例①の手順の工夫、事例②の物品の見直し、事例③のシステムの導入は、規模こそ異なるが、根底にある考え方は共通している。それは、「清潔と不潔の境界を明確にし、手指衛生が適切に実施されやすい構造や手順をつくること」である。
感染リスクを下げるためには、手指衛生の徹底が重要であることは言うまでもない。しかし、現場の負担が増え続ける中で、「やるべきこと」を増やすだけでは、実践を継続することは難しい。業務手順や環境を見直し、不要な工程や汚染に触れる機会そのものを減らすことも、感染対策の重要な視点である。業務効率を高めるための整備は、結果として手指衛生が必要となる場面やタイミングを減らし、無理なく遵守できる環境づくりにつながる。手指衛生の手順そのものに注目するだけでなく、日常業務全体の流れとして捉え直すことで、感染対策と業務効率の両立という新たな可能性が見えてくるのではないだろうか。
忙しい、余裕がない―だからこそ、私たちは「何を増やすか」だけでなく、「何を減らせるか」という視点を持つ必要がある。小さな工夫の積み重ねが、結果として手指衛生を遵守しやすい環境をつくり、感染リスク低減へとつながっていくと考えている。

