HosCom 2026 vol.23 no.1
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ソホロリピッド(SOFORO)の医療への応用
- 平田 善彦
- サラヤ株式会社 商品開発本部
※本記事は、「HosCom 2026 vol.23 no.1(2026年3月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに
医療現場や介護施設において、患者および医療従事者の安全確保のため、手指衛生や医療器具の適正な再生処理は極めて重要です。再生医療を含め医療が高度化する中で、現代社会では「有効性」に加え、「環境適合性」や「生体適合性」といった多角的な視点から医療材料を選択することが求められています。
従来の石油系化学合成界面活性剤に代わり、近年、微生物による発酵技術で大量に生産できるバイオサーファクタント(BS)が次世代の界面活性剤として注目を集めています。BSは発酵生産物であり、高い生分解性と低い毒性を兼ね備え、環境負荷が低く安全性が高いという、従来の石油系化学合成界面活性剤にはない特性があります1)。
本稿では、酵母 Starmerella bombicola が発酵生産する「ソホロリピッド(SOFORO(ソホロ))」について、医療現場での活用例を中心に紹介します。
ソホロとは
ソホロは、酵母が糖と植物油を発酵して生産する糖脂質型バイオサーファクタントです(図1)。バイオプラスチックなどと同様に、日本政府が掲げる脱炭素や化石資源依存からの脱却、発酵技術を軸とした産業構造転換の中で、ソホロは石油由来化学品をバイオ由来に置き換える代表的な素材として位置付けられています。1969年の発見以来、多くの研究者が実用化を目指して挑戦してきたものの、長らく経済性の壁に阻まれてきました。その転機となったのが2001年で、家庭用食器洗い乾燥機向け洗浄剤として世界で初めて実用化され、高い洗浄性能と環境適合性が認められ、大手家電メーカーの推奨品として普及が進みました2)。
ソホロは、従来の石油系化学合成界面活性剤に匹敵する洗浄力・乳化性能を備えながら、生分解性や低刺激性に優れるという特長を持ち、人と環境に配慮した製品開発を可能にします。現在では洗浄剤にとどまらず、化粧品や食品分野にも応用が拡大しています。以下にソホロの医療分野への応用について紹介します。
医療器具の再生処理
医療施設の中央材料室(中材)における医療器具の洗浄・消毒・滅菌の質は、院内感染対策において非常に重要です。ウォッシャーディスインフェクター(WD)を用いた洗浄では、一般的な界面活性剤が大量に発泡すると、洗浄の物理作用が妨げられ、汚染物の再付着(再汚染)のリスクがあります。
ソホロは、界面活性剤としては珍しい低起泡性という性質を持っているため、医療器具洗浄剤(パワークイックシリーズなど)に活用されています。ソホロの配合により、洗浄プロセス中に泡が安定せず直ちに崩壊するため、WDのジェット水流による物理的な洗浄力が最大限に発揮され、汚染物の除去が促進されます。ソホロ配合洗浄剤は、高い洗浄力とすすぎ性に優れており、複雑な構造を持つ医療器具の洗浄にも有効です。WD洗浄の前段階の予備浸漬に使用される酵素洗浄剤においても、ソホロの特性を活かした低起泡性酵素系浸漬洗浄剤が実用化されています。また、ソホロはこのように高性能でありながら、医療器具への材質適合性も優れていることから近年、多くの医療器具再生処理での活用が進んでいます。
手洗い(ハンドソープ)
感染症予防の基本である手洗い習慣の定着には、洗浄機能に加え、心地よく快適に使用できる製品が求められます。ソホロを配合することで、石けんの低温安定性の低さや使用時における硬水条件下での起泡性などの改善が見込める一方で、低起泡性であるため、単純な配合では泡立ちやクリーミーさが損なわれる課題がありましたが、石けん(脂肪酸塩)とソホロを特定の比率で配合することで、この課題が解決されました。
この技術によりきめ細かく程よい弾力性と柔らかさがある、手肌に優しく心地よい泡質が実現しました。
フットケア(足清拭シート)とスキンケア
足は日常生活のあらゆる活動を支える「身体の土台」です。血流障害や神経障害が生じやすく、小さな傷口からでも感染が広がることがあります。場合によっては発熱などの症状を呈し、時には重篤な疾患へと発展することもあります。特に高齢者は皮膚トラブルのリスクが高いため、日々のフットケアを通じて足の健康をチェックすることが重要です。皮膚トラブルの1つである白癬ですが、白癬菌(Trichophyton mentagrophytes)を用いた試験において、ソホロが陽イオン性抗菌剤ポリアミノプロピルビグアニド(PHMB)の角層への浸透を促進するキャリアーとして機能し、抗真菌効果を高めることが報告されており3)、足清拭シート「スキナル フットワイプ」はソホロとPHMBが配合されています。本製品における白癬菌の拭き取り除菌試験では、自社従来品と比べて残存菌数が少ないことを確認し4)、モデル皮脂汚れを用いた洗浄力試験では、従来品と比べて有意に高い洗浄率を示しました。また、ソホロ未配合では顕著に洗浄力が低下しました(図2)。
本製品は皮膚が脆弱な高齢者や糖尿病患者でも安心して使用できるよう弱酸性の低刺激処方であり、水を使用せずにケアできるため、入浴が難しい場面や在宅医療・介護、防災備蓄にも適していて、電子レンジやタオルウォーマーで温めて使用できる利便性も備えています。
皮膚の中でも陰部は角層が薄く浸軟しやすいため、摩擦などの刺激を受ける脆弱な部位です。そのため、カンジダ症などのスキントラブルが発症しやすく、清浄な状態を維持することが重要です。陰部洗浄には一般的に液体や泡タイプの洗浄剤が用いられていますが、煩雑な作業を伴い、手技のばらつきが生じやすいという課題があります。さらに近年の人手不足を背景に、ワイプによる清拭への需要が高まっています。ソホロはワイプ素材との親和性が高く、脆弱な皮膚構造を有する陰部清拭ワイプへも適用されています。
ソホロの安全性を細胞毒性試験で調べた結果を表1に示しました5)。汎用の界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテルやポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウムと比較して毒性が100倍以上低く、また注射剤にも用いられているポリソルベート80、食品添加物のショ糖脂肪酸エステルおよびグリセリン脂肪酸エステルよりも50倍以上毒性が低いことが確認されています。ソホロは、皮膚バリアが低下した脆弱部位のケアにも適した素材です。
創傷ケア
ナノバブルは1μm未満のナノサイズの気泡です。その微細構造のために、浮上して破裂することなく水中で安定して存在することができます。機能性も豊かで、洗浄性や浸透・拡散性が高く、様々な用途で実用化されています。その製法は高速旋回液流式や加圧溶解式で、特殊な装置が必要でした。ソホロは炭酸塩類と混合した粉末を水に溶かすだけで、どこでも高品質なナノバブル(ソホロファインバブル;300nm以下かつ個数密度10億個/mL)を形成することがわかりました。そして、ソホロファインバブルが創面バイオフィルムの除去に有効なこともわかってきました。疑似バイオフィルムの除去能を調べたところ、ソホロと炭酸塩からなるソホロファインバブルシステムのみが顕著なバイオフィルム除去能を示しました(表2)。さらに、動物実験による検証の結果、ソホロファインバブルを用いた洗浄は、創傷治癒に悪影響を及ぼすことなく使用でき、バイオフィルムが主因となるクリティカルコロナイゼーション(CC)創の治癒を促進することが確認されました。この治癒促進は、ソホロファインバブル洗浄が、細菌の創部組織への深部浸潤を抑制することで実現している可能性が示唆されています。
再生医療
再生医療はこれまで治療困難であった難病の克服など、いのちをつなぐ技術として期待されています。再生医療を“あたりまえ” にするには、iPS細胞などを増殖させる足場素材、そして、増殖した細胞を傷つけることなく凍結保存する技術など再生医療を支える周辺技術の革新が必要です。ソホロは水の特性を変化させることで細胞を高品質な状態で凍結保存できることがわかりました。
細胞の凍結保存に使用される凍結保護剤には、ジメチルスルホキシド(DMSO)があります。DMSOの細胞保存性は非常に優れていますが、細胞には個々の特性があるためDMSOフリーの保存液の需要も高まっています。ソホロは、凍結の際に氷晶の形成を抑制する効果を持つことが報告されており、その氷晶面積はDMSOよりも有意に低い値を示しました6)。この特性を活かしてDMSOフリーの凍結保護剤(SOFORO Cryo)が研究用試薬として市販されています。近い将来、臨床用途にも活用できるよう研究開発が進められています。
おわりに
ソホロは、発酵技術によって生産される安全性の高い糖脂質として、従来の石油系化学合成界面活性剤の代替を超え、医療領域に独自の価値をもたらしつつあります。医療器具再生処理における低起泡性と高い洗浄性能、皮膚衛生管理での低刺激性と浸透促進作用、さらに創傷ケアでのナノバブル技術や再生医療におけるDMSOフリー凍結保存への応用など、その利用範囲は拡大を続けています。日本が進めるバイオエコノミー戦略においても、ソホロは環境負荷低減と高機能性を両立する素材として重要な役割を担う存在です。医療現場における課題解決に貢献しながら、持続可能で安全な社会の実現に寄与する素材として、今後さらなる研究と実装が進むことが期待されます。
参考文献
1)森田友岳. バイオサーファクタント研究開発の動向, オレオサイエンス, 第24巻第10号(2024)
2)Hirata Y, et al. Novel characteristics of sophorolipids, yeast glycolipid biosurfactants, as biodegradable low-foaming surfactants, J. Biosci. Bioeng, 108, 142, 2009
3)Sanada H, et al. Antifungal Effect of Non-Woven Textiles Containing Polyhexamethylene Biguanide with Sophorolipid: A Potential Method for Tinea Pedis Prevention, Healthcare, 2(2), 183-91, 2014
4)サラヤ株式会社 スキナル製品情報
5)Kumano W, et al. Acid-form Sophorolipids Exhibit Minimal Cytotoxicity, Similar to Solvents and Oils Used in Personal Care Products, despite Being Surfactants, Journal of Oleo Science, 73(9), 1169 -1175, 2024
6)Nguyen T, et al. Potential application of acid-form sophorolipids in cellcryopreservation, Cryobiology 119, 105228, 2025

