HosCom 2025 vol.22 no.3
聞いてみよう!となりの感染対策
地域とのつながり、在宅の現場から見えたこれからの感染対策
- 篠原 久恵
- 訪問看護ステーション レジハピ 管理責任者/感染管理認定看護師
※本記事は、「HosCom 2025 vol.22 no.3(2025年11月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに
私は2007年に感染管理認定看護師の資格を取得し、病院で15年間感染管理業務に従事してきました。その間、地域の基幹病院と安芸地区地域感染対策ネットワークを構築し、年に2〜4回程度、有床 ・ 無床を問わずクリニック、病院、介護老人保健施設、訪問看護ステーション等の地域の感染対策水準向上のため、研修会を開催してきました。
新型コロナウイルス感染症の流行により、私たちの感染対策への取り組みは大きな転換期を迎えました。病院には感染管理認定看護師が配置されていましたが、在宅 ・ 施設領域には感染対策をリードする人材が不足しており、多くの課題があることをネットワークメンバーからの相談を通じて痛感しました。そのため、在宅 ・ 施設領域の感染対策により近い現場として訪問看護を選び、2021年に訪問看護ステーションを立ち上げました。
病院から在宅へ~在宅領域での課題と解決に向けての取り組み~
長年の病院勤務から在宅領域への転身は、私にとって大きな挑戦でした。病院という管理された環境から、利用者様の生活の場である在宅という多様な環境での感染対策は、全く異なるアプローチが必要であると実感しました。
ステーションを立ち上げたことによって、コロナ禍でのクラスター対策支援に存分に携わることができました。病院勤務時代には、コロナ禍に他施設の支援に行くことは非常に困難でしたが、訪問看護ステーションという立場から、より機動的に地域の施設を支援できるようになりました。
クラスター対策支援から見えた課題
クラスター対策支援に携わる中で、最も深刻な課題として浮かび上がったのは、平時からの感染対策の水準が低いことでした。特に、感染対策の基本中の基本である標準予防策の普及が十分でないことが明らかとなりました。
多くの施設では、感染症が発生してから対策を講じるという遅れた対応が見られるなど、日常的な感染対策への意識や実践が不足していました。手指衛生のタイミングや個人防護具の適切な着脱、環境整備など、基本的な感染対策手技についても統一された理解や実践が行われていない現状がありました。
標準予防策普及への取り組み
この課題を受けて、現在は「シリーズ感染対策」と称し、在宅 ・ 施設領域の感染対策研修会を年間5回のシリーズ研修としてオンラインで実施しています。オンライン形式を採用することで、地理的な制約を超えて多くの関係者に参加していただけるようになり、継続的な学習機会を提供できています。
研修内容は、標準予防策の基本から始まり、各施設の特性に応じた実践的な内容まで幅広くカバーしています。単発ではなく、シリーズ研修とすることで、段階的な理解の深化と実践への定着を図っています。
在宅感染対策の特殊性と課題
在宅での感染対策は、施設での感染対策とは異なる特殊性があります。利用者様の生活の場である在宅では、医療機関のような標準化された環境を整備することは困難であり、個々の生活環境に応じた柔軟な対応が求められます。
在宅での感染対策においても、標準予防策の普及が最も重要な課題ですが、 特に深刻なのは職業感染対策に関する問題です。この課題は、在宅医療の特性に起因する構造的な問題として捉える必要があります。
針刺し・切創のリスク
在宅での採血検査や点滴などの処置実施の際は、それぞれのクリニックから針類が提供され、利用者様の自宅で使用します。しかし、この針類の多くは安全対策装置付きではないため、針刺し ・ 切創のリスクが高まります。安全対策装置付きのものでも、クリニック毎に種類が異なるため、自宅での点滴や処置施行時に初めて使用することが多く、かえって危険な状況を招くことがあります。また、使用後の針を廃棄する針廃棄容器がクリニックから提供されることは少なく、現場では自宅やステーションにあるペットボトル(写真1)や空き瓶などを利用することがあります。この際に針刺し ・ 切創のリスクが大幅に増大します。
当ステーションの取り組みと在宅医療の現状
当ステーションでは、職員の安全を確保するため、ステーションで針廃棄容器を購入し、使用後はクリニックで廃棄を依頼するシステムを構築しています。初期投資は必要ですが、職員の安全と利用者様への安全な医療提供のためには必要不可欠な対策と考えています。 しかし、職員のB型肝炎、麻疹等の抗体検査実施やワクチン接種なども、在宅医療に従事する看護師全体で見ると十分に普及していないのが現状です。これらの基本的な職業感染対策が不十分な中で、日々針刺しリスクの高い環境で業務を行っている看護師が多数存在することは、看護職の安全確保の観点から非常に憂慮すべき状況です。
手指衛生の取り組みと成果
病院感染対策で特に力を入れていた手指衛生に関する取り組みも、今年新たに開始いたしました。在宅医療においても、手指衛生は感染対策の要であることに変わりはありません。ところが、2025年現在においても、一部のクリニックでは依然として手洗いベイスン(写真2)が使用されており、感染対策の基本となる衛生環境の整備が十分とは言い難い状況も見受けられます。
2025年に手指消毒用アルコール製剤の使用量調査を実施し(図1)、使用量の多かった職員を表彰する取り組みを行いました。この取り組みにより、職員の手指衛生に対する意識が向上し、実際の使用量も増加傾向を示しています。しかし、在宅医療においては、病院で用いられているような手指衛生遵守率や手指消毒用アルコール製剤の使用量に関する標準的な指標が存在しません。これは在宅医療における感染対策の評価を困難にしている要因の一つでもあります。
今後の展望と取り組み計画
①実態調査研究の必要性
在宅医療における感染対策の課題を根本的に解決するには、まず正確に現状を把握することが必要です。そのため、実態調査研究から始めて、エビデンスに基づいた改善策を検討し、普及させていきたいと考えています。
調査項目としては、職業感染対策の実施状況や手指衛生の実践状況、感染対策に関する知識レベル、研修ニーズなどを想定しています。これらのデータを収集 ・ 分析することで、在宅医療における感染対策の標準化に向けた具体的な指針を策定できると考えています。
②指標作成への取り組み
病院感染対策では、様々な指標を用いて感染対策の質を評価し、改善につなげています。在宅医療においても同様の指標作成が急務です。特に、手指衛生に関する指標の作成を優先的に進めたいと考えています。
在宅医療の特性を考慮した独自の指標作成が必要であり、利用者数や訪問回数、処置内容などを考慮した、より実用的で意味のある指標の作成を目指しています。
③地域ネットワークの拡充
感染対策は一事業所だけで取り組むものではありません。地域全体の感染対策レベル向上のためには、より強固なネットワークの構築が必要です。既存の安芸地区地域感染対策ネットワークをさらに発展させ、在宅医療に特化した感染対策ネットワークの構築も視野に入れています。 このネットワークを通じて、情報共有や合同研修、相互支援体制の確立などを進めていきたいと考えています。
おわりに
病院から在宅への転身を通じて、感染対策における新たな課題と可能性を発見することができました。在宅医療における感染対策は、まだ発展途上の分野ですが、だからこそ取り組み甲斐のある領域でもあります。 利用者様が安心して在宅医療を受けられる環境を整備し、同時に医療従事者の安全も確保する。この両立を実現するために、今後も実践と研究を両輪として、在宅医療における感染対策の向上に取り組んでいきます。
となりの感染対策として、それぞれの現場で働く皆様と共に、一歩一歩着実に前進していけることを願っています。地域全体の感染対策レベル向上のため、今後ともご支援とご協力をお願い申し上げます。

