HosCom 2025 vol.22 no.3
地域連携
薬剤耐性菌保菌患者の転院に向けての取り組み
- 福井 優貴
- 地方独立行政法人 奈良県立病院機構奈良県総合医療センター 感染対策室 主任/感染管理特定認定看護師
※本記事は、「HosCom 2025 vol.22 no.3(2025年11月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに - 転院の壁、どこにある?
薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:以下 AMR)は、世界的な公衆衛生上の脅威とされており、日本でも「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」1)において、医療 ・ 介護 ・ 福祉の連携強化が掲げられています。しかし、現場では「その患者さん、バンコマイシン耐性腸球菌(以下VRE)陽性とのことですが…うちではちょっと…」というやりとりにより、転院が頓挫する、あるいは交渉が長引く場面も少なくありません。超高齢社会の日本では、病院と高齢者施設、在宅を往来する高齢患者が増加しており、治療後の転院や転所は医療の重要なプロセスです。しかし「薬剤耐性菌の保菌者であること」が、転院の障壁となってしまう現状があります。
これは患者の生活の質(QOL)に直結するだけでなく、急性期病床の逼迫や医療資源の偏在にも影響を及ぼします。感染対策を行うことは、患者やその家族、病院に勤務する職員を守るうえで重要ですが、「感染していない保菌者」に対して過剰に制限をかけることは、科学的にも倫理的にも見直すべき課題であると考えています。本稿では、感染管理の視点から、薬剤耐性菌保菌患者の円滑な転院を実現するための実践的な取り組みについてお伝えします。
AMRの時代に、地域全体で支える必要性
日本の医療機関では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下MRSA)の割合が高く、VREによるアウトブレイクも報告されています2)。一方で、こうした薬剤耐性菌を「保菌しているだけ」の患者も多く、特に高齢者施設や回復期病棟では受け入れに慎重な傾向が見られます。その結果、転院 ・ 転所先が見つからずに急性期病棟での長期入院を余儀なくされるケースもあります。
1. 受け入れ困難の背景
療養病床における感染管理体制の実態調査を行った結果によれば、調査施設の82.5%で感染対策チームが組織されていた3)との報告もあり、薬剤耐性菌保菌患者への受け入れ態勢が整備されつつある一方、同調査では、受け入れ不可の理由として、「病床内の設備不足」、「薬剤耐性菌による感染症発症の既往歴がある」3)があると報告しています。これらのことから薬剤耐性菌保菌患者の転院を困難にしている主な要因として、筆者の経験も含みますが、表1のような現場の実情があると考えられます。
2. 保菌=感染ではない
感染管理の基本は、「保菌」と「感染」の違いを正しく理解することだと考えています。たとえば、喀痰からMRSAが検出された高齢者でも、咳嗽や発熱などの感染症状がなく、ADL※が自立している場合、標準予防策だけで十分対応可能であると考えます。VRE獲得リスク因子は、「おむつの使用」4)が有意に高かったことを示す研究もあります。つまり排便が自立しており、おむつの使用がない場合には、患者にも便座を使用する前後の便座クリーナー使用やトイレ使用前後の手洗いを指導し、協力を得られるのであれば、たとえ保菌していても水平伝播するリスクは大きく下げることが可能です。
CDCの多剤耐性菌の管理ガイドライン5)では、長期療養施設において、個々の症例ごとに感染リスクを評価したうえで対策を決定することが推奨されています。患者の状況によっては標準予防策でも対応可能であり、「薬剤耐性菌を保菌しているから」と一律に受け入れを拒否する理由にはならないと言えるでしょう。
※ADL(Activities of Daily Living):日常生活を送るために最低限必要な日常生活動作(移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴など)
スムーズな転院を実現する3つの工夫
1. 「転院前の様子」を具体的に伝える
受け入れ先の不安は、「対象の患者はどの程度感染リスクがあるのか」という情報不足から生じます。そのため、転院先のスタッフが患者の具体的なイメージを持てるよう、事前に情報共有することが重要です。筆者は転院先に以下のような内容を伝えるようにしています(表2)。MRSAを保菌している患者の感染対策について考えてみましょう。例えば、喀痰からMRSAが検出されているが排出量が少ない、患者が自立している、加えて手指衛生などの感染対策がとれるといった状態であれば、標準予防策で十分であり、隔離も不要と判断できます。このように保菌している病原体は何なのか、排菌量はどれほどか、患者のADLはどうか、感染対策に協力的かなど、ケアの様子がイメージできるような感染対策を転院先に伝えることで、相手の不安を大きく軽減することが可能です。
2. 感染対策における対応の共有
「標準予防策は分かっているけれど、具体的に何をすればいいのかが分からない」という声を筆者も転院先からいただくことがありました。そこで、表3のように感染経路ごとの対応をまとめ、転院時に共有することで、転院先からの理解が得られやすくなり、転院がスムーズに行えた事例も経験しました。また、こうした視覚的 ・ 実践的な資料を提供することは、感染対策に不安がある転院先にとって、大きな安心材料となります。
3. 「支援する姿勢」を見せることも感染対策
転院先に「うちでは受け入れが無理かもしれない」、「対策が間違っていたら感染が広がってしまう」という空気が漂う背景には、施設毎の過去の経験や感染管理の専門家からの支援が受けられないなどの現状があると感じています。感染管理のプロフェッショナルが次のような支援的姿勢を示すことで、施設間連携がスムーズになると考えます。
特に、高齢者施設等感染対策向上加算対象外の高齢者施設では、人的 ・ 物的資源の制約が大きく、実地支援が効果を発揮します。こうした支援は、単に感染を防ぐためだけでなく、患者の移行支援という観点でも重要です。
当院においても、感染対策に関する相談窓口を設置し、地域の施設や病院から相談を受け、当院ICTメンバーが支援できる体制を整えています。
おわりに - 感染対策は「相手を支えること」でもある
薬剤耐性菌の保菌患者であることが理由で転院できないという現状は、患者のQOLを著しく損なう大きな課題であると考えています。感染管理の専門家として、私たちに求められているのは、「正しく恐れる」姿勢と、「伝える努力」、そして一時的な介入ではなく、「継続した支援を実施」することにあると考えます。そのためには、
保菌と感染の違いを啓発し、誤解をなくす
適切な情報提供によって不安を軽減する
連携先との信頼関係を築き、地域の感染対策力を高める
ようにしていく必要があります。感染対策とは、ただ感染を広げないだけの技術ではなく、患者の生活の継続を支える仕組みを構築することができる技術のひとつであると考えています。
今後も、誰もが安心して次の生活へ移れるよう、地域と共に歩む感染対策を実践していきたいと考えています。
引用・参考文献
1)厚生労働省. 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf. Accessed July 22, 2025.
2)薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会. 薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2024(NAOR 2024)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001447793.pdf. Accessed July 22, 2025.
3)鈴木久美子他. 療養病床における感染管理体制の実態に関する調査結果. 環境感染誌 Vol.38 no.1, 2023.
4)赤澤奈々他. 静岡県立静岡がんセンターにおけるVRE アウトブレイク事例の単施設後方視的研究―VRE 獲得リスク因子の検討―. 環境感染誌 Vol.37 no.4,2022.
5)CDC. Management of Multidrug-Resistant Organisms In HealthcareSettings,2006. https://www.cdc.gov/infection-control/hcp/mdro-management/.Accessed July 22, 2025.

