HosCom 2025 vol.22 no.3
エキスパートに聞く
精神科領域での感染対策
- 森田 亮一
- 兵庫県立 ひょうご こころの医療センター 感染管理認定看護師
※本記事は、「HosCom 2025 vol.22 no.3(2025年11月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに
精神科病院に対する感染対策支援に際し、「疾患や環境が特殊でイメージが湧かない」との声を聞くことがあります。確かに一般科とは異なる点もありますが、基本的な感染対策は他科と同様の標準予防策です。本稿では、精神科領域における感染対策の特徴と、現場での実践的な工夫について紹介します。
精神科領域における感染対策の特殊性
精神科病院では患者は身体的に健康であることが多く、また、医療デバイスの使用が少ないことから、感染症の発生頻度は一般科より低い傾向があります。しかし、精神科といってもひとくくりには出来ず、「精神科救急」「児童思春期」「慢性期」「依存症」など、病棟によって感染リスクは大きく異なります。加えて、精神科病院では、感染対策の協力が得られにくい患者の存在や、様々なものが危険物となり得る可能性があるため、速乾性手指消毒剤や個人防護具(以下、PPE)等の適切な配置が難しく、標準的な対策が困難な場面もあります(表1)1)。
また、精神科病院は閉鎖的な環境でありながら、外出 ・ 外泊などを通じて外部との接点も多く、感染症の持ち込みリスクは決して低くありません。感染症が発生すると、逃げ場のない構造ゆえに急速に拡大する可能性が高く、標準予防策の徹底が不可欠です。
優先度の判断と柔軟な対応
精神科病院での感染症発生時には、「何を最優先するか」を都度判断し対応することが必要です。例えば、重症化リスクが低い患者が多い場合は、「感染が拡大する可能性はあるが、感染対策強化によるストレスで患者の日常生活が破綻するリスクが高いため、精神的安定を優先し、通常に近い環境を保つ」とします。一方で、高齢者など重症化リスクが高い患者が多い場合は、「拡大させると命にかかわるため、感染対策に重きを置いた対応にしないといけない」となります。また、スタッフの安全確保も重要で、「対応可能な人員が減ると患者に不利益が生じるため、スタッフの安全を第一優先にする」等で対応します。日常から個別の症状に対してアセスメントしているスタッフの皆様だからこそ、一律の対応でなくその場その場での適切な判断につながります。
必要な感染対策と対応の工夫
手指衛生
精神科病院でも感染対策の基本は手指衛生です。しかし、多飲水や誤飲リスクから、患者エリアでは流水 ・ 石鹸の設置が制限され、速乾性手指消毒剤の配置も困難です。そのため、職員が速乾性手指消毒剤を携帯する必要がありますが、「患者に引っ張られる」等の安全面や業務の妨げを理由に拒否されることもあります。「引っ張られた場合も首が締まらないように肩掛けを避け、腰への装着やポケット保管にします」等の具体策を示すことで協力を得やすくなります。また、鍵やドアの存在により環境に触れる頻度が高いことに加え、鍵そのものも汚染されているという報告2)もあり、鍵の洗浄も重要となります。実際に、環境や鍵に触れた後に都度、手指衛生することは難しいため、当院では、「患者接触前後の手指衛生」をまず優先して実施するように指導を行っています。当然、医療デバイスの使用が多い部署では、清潔操作の前も注意する必要があります。
PPEの携帯と廃棄
精神科病院ではPPEも配置が難しく、使用後の廃棄場所も限られています。当院では手袋 ・ エプロン ・ シールド付マスクをビニール袋に封入し、携帯可能な形で運用しています(写真1)。使用後は袋を廃棄用として活用することで、清潔かつ迅速な対応が可能です。これにより、必要な場面での即時対応が可能となり、感染拡大の防止に寄与しています。
呼吸器衛生 ・ 咳エチケット
精神科病院ではマスク着用や手洗いが困難な患者も多く、咳エチケットの実施が難しい場合があります。「指導しても実施できないから」とあきらめず、まず職員が「有症状者を把握」した上で、「感染を拡大させないために周囲の職員や患者がマスクを着用する」、「環境調整(個室利用や食事時間の調整等)を工夫する」といった対策を行うことで、感染拡大のリスクを下げることが可能になります。
患者の配置
精神科病院では隔離の判断が精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)と感染対策の両面から求められますが、感染管理上の隔離は施錠を伴わず、患者の協力を得る形で行うべき対策です。「隔離」による精神的な影響を日常的に検討しながら対応している私たちは、感染症の発生を「精神保健福祉法における隔離」で安易に対応することは避けるべきです。
注釈として、厚生労働省からの事務連絡(令和5年5月1日)では、「感染の可能性が高い必要最小限の期間に限り、精神保健福祉法上の隔離の対象とすることはやむを得ない」と通知されましたが、原則は『感染対策により行動範囲の制約を伴う場合は、~中略~ 病室の施錠は厳に行ってはならない。』3)とあるため、施錠ありきの対応は行いません。
当院でも、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)流行下では積極的に陽性患者を受け入れていました。「隔離」という感染対策の手段がありますが、隔離される患者の想いを身近に感じている現場スタッフは安易に「隔離」の手段を選ばず、COVID-19患者であっても様々な工夫を行いました。写真2は、2021年2月頃(COVID-19第3波)の写真です。PPEが過剰に感じられるかもしれませんが、それを実施することでCOVID-19患者も、可能な限り開放的な環境での療養が可能となりました。
環境整備の重要性
精神科病院では廊下に寝転ぶ、異食などの行動が見られるため、壁 ・ 床の清掃も重要となります。精神的に不安定な状態では、過剰な環境接触がみられることも多く、特に保護室では、床 ・ 壁の汚染防止を意識した環境整備が求められます。一般科では優先度が高くない部分ですが、精神科病院では感染経路となり得るため、床や壁も日常的な清掃が不可欠となります。
血液体液曝露への対応
精神科病院では、処置件数は少ないものの、興奮時の筋肉注射の実施や、唾棄 ・ 噛みつき等があり、血液体液曝露リスクは決して低くありません。他科においては、カーディガン等を着用したままでの患者接触は推奨されないことも多いですが、精神科病院では長袖着用などで自身を守ることも考慮されるべきです。加えて、B型肝炎ワクチンの接種なども積極的に行うべきです。職員の安全確保は、患者ケアの継続にも直結します。
おわりに
精神科領域でも標準予防策の実践が基本です。むしろ、患者の協力が得られにくい分、職員が積極的に感染対策を行う必要があります。「患者に触れる前後で手指衛生を行う」などの基本的な対策を徹底することで感染拡大を防ぎ、アウトブレイク対応など不要な業務を減らすことにつながります。標準予防策を「知っている」から「当たり前に実践できる」へと意識を高め、「精神科病院だからこそ感染対策は必須」と認識し、日常的な感染対策に取り組みましょう。
引用・参考文献
1) 鈴木健一. 精神科病院における新型コロナウイルス感染症対策.日本精神科病院協会雑誌2020;39(11):61-69
2) 山内勇人ほか. 精神科病院における「鍵」に対する清潔意識と取り扱いの現状―手指衛生遵守の観点から―.環境感染誌2007;22(3): 214-218
3) 厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけの変更に伴う精神科病院における感染症への対応について. https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001094137.pdf (accessed. 2025.7.25)
4) 糠信憲明 編著. 新型コロナウイルスで、初めて真剣に感染対策のことを考えた 精神科病棟ではたらく人のための感染対策きほんの「き」.メディカ出版2022.

