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HosCom 2025 vol.22 no.1

特集

疥癬の病態と感染対策のポイント

牧上 久仁子
東京品川病院 リハビリテーション科 医員

※本記事は、「HosCom 2025 vol.22 no.1(2025年3月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。

「疥癬」と聞いてどんなことを思い浮かべますか?

疥癬はヒゼンダニが表皮に寄生することによって起こる皮膚感染症です。「老人ホーム等で流行る皮膚病」というイメージをお持ちの方が多く、大学病院等にお勤めの方は馴染みが薄いかもしれません。疥癬が老人ホームや精神科病院で多いように「みえる」のは、入院・入所期間が長いので、診断ができるからであって、本当にハイリスクなのは免疫が低下した患者が多く入院している急性期病院の方だと私は考えています。今回は疥癬について、医療福祉関係者の皆さんに知っておいていただきたいことをお伝えします。

はじめに

どうして皮膚科医でもないリハビリテーション科医が疥癬についての特集記事を担当しているのか、ご存じない方にはアヤシイことこの上ないと思いますので、最初に自己紹介をしておきます。今年で疥癬の感染制御に取り組んで29年になります。私が初めて疥癬と遭遇したのは開設されたばかりの特別養護老人ホームでのアウトブレイク事例でした。私は所轄自治体の保健所医師として、疥癬のアウトブレイクに介入したのですが、当時は効果の高い治療薬が入手困難で、わけのわからぬまま通常疥癬の患者を隔離するなど、意味のない対策を指示して現場を消耗させていました。その後、大滝 倫子先生(現 九段坂病院)をはじめとする恩師に出会い、目から鱗が落ちる経験をし、罪滅ぼしに職場の疥癬対策マニュアルの改訂のために勉強をし始めたのがそもそもの始まりです。
疥癬対策を複雑にしているのは、その長い潜伏期間に起因していると、私が考えるようになったのは、保健所時代にたたき込まれた結核対策に基づいています。皮膚科の先生方が目の前の患者ひとりひとりを診るのとは異なり、公衆衛生医はアウトブレイクを流行曲線のような時系列や、発症者の空間的な分布といった観点から分析します。その視点がユニークと思っていただけたのか、日本皮膚科学会の疥癬診療ガイドライン1)作成の際にもお声掛けいただきました。現在はリハビリテーション科医として、回復期リハビリテーション病棟を管理していますが、今も対応困難なアウトブレイクがあれば疥癬バスターとして現場に赴き、一斉診察を行うこともあります。今までに直接介入した疥癬アウトブレイクは数十件以上、診察した疥癬患者は数百人以上になると思います(途中から数えていないので、正確な数はわかりません)。そんな私なりの実体験と学習結果に基づいた経験を、以下に述べて参りますので、どうかお付き合いのほどお願いします。

疥癬の病態

長くて幅のある潜伏期間

冒頭で述べたように疥癬の潜伏期間は長く、初感染では1ヶ月以上の潜伏期間を経て発症します。潜伏期間の長さは患者によって違いがあり、場合によっては2~3ヶ月以上にもなる時があります。また、向精神薬を内服している場合、痒みがマスクされて潜伏期間が見かけ上長くなりがちで、曝露から半年以上経過してから診断されることもあります。疥癬の潜伏期間は急性期病院の平均在院期間よりずっと長いので、急性期病院で感染したとしても、発症するのは多くの場合、退院後になります。このように、疥癬では感染と発症の時期が離れるため、集団感染が確知されにくいのです。
疥癬の病原体であるヒゼンダニは吸血しません。疥癬の皮疹や痒みなどはヒゼンダニに対するアレルギーで起こります。潜伏期間はヒゼンダニが繁殖してアレルゲンが増加するとともに、宿主であるヒトがヒゼンダニ由来のアレルゲンに感作される期間と考えられています。

ヒゼンダニはヒトから離れると「ひよわ」で繁殖が遅い

ヒトヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei var. hominis )は一生をヒトの体表で過ごす真寄生性のダニで、ヒトの体表の環境(約30℃で湿度ほぼ100%)に適応しているため、低温と乾燥に弱く、宿主であるヒトの体表から離れると弱ってしまいます。ヒゼンダニは有性生殖で、オスと交尾したメス成虫が毎日2~3個の卵を産み、孵化した幼虫は脱皮を繰り返し、約14日間かけて成虫になるので、細菌やウイルスなどに比べるとかなり増殖が遅い病原体といえます。
このように「ひよわ」で、かつ1人の患者に寄生しているダニの数は通常多くはないので、密な接触(お互いの体温を感じるくらいの距離で長時間の接触)がないと感染は成立しないと考えられています。疥癬というと福祉施設や病院でのアウトブレイクを起こす厄介な感染症というイメージを持たれているかもしれませんが、感染力は低いのです。そんな疥癬でアウトブレイクが起こる理由は、以下で説明する「角化型疥癬」という特殊な病型にあります。

疥癬の2つの病型:通常疥癬と角化型疥癬

角化型疥癬は疥癬の重症化した病態です。角化型疥癬の病原体はふつうの疥癬(正式な名称ではありませんが、以下、通常疥癬と呼びます)とまったく同じヒゼンダニですが、患者に寄生しているダニの数が桁違いに多いのです。免疫不全や長期の副腎皮質ステロイド投与を受けている患者で、ヒゼンダニの寄生数がどんどん増えて、通常疥癬が重症化してしまった病態が角化型疥癬なのです。角化型疥癬では患者に寄生しているヒゼンダニの数がものすごく多いので、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」式に感染力が強くなります。そのため、通常疥癬と異なる対応が必要になります。
通常疥癬と角化型疥癬の比較を表1に示します。1人の患者に寄生しているヒゼンダニの数は通常疥癬では1,000匹以下ですが、その9割以上は生殖能力を持つ前の幼虫・若虫で、生き延びて成虫になる確率はかなり低いようです。疥癬トンネルの中で卵を産んでいるメス成虫の数は通常疥癬では数匹~数十匹だとされています。通常疥癬と角化型疥癬はきっぱり二分できるわけではなく、区別に悩んでしまうような患者もいます。このあたりも疥癬が現場を悩ませるゆえんだと思います。
角化型疥癬は角質が厚く付着(過角化)して黄白色を呈し、こするとふけのようにぽろぽろ落ちる(<ruby>落屑<rp>(</rp><rt>らくせつ</rt><rp>)</rp></ruby>といいます)のが特徴です。落屑の中にはメス成虫を含むヒゼンダニが多数潜んでおり(写真1)、落屑に触れることで感染が成立することがあります。過角化の起こる部位は全身に及ぶ場合と、身体のごく一部だけにみられる場合があります。

表1 通常疥癬と角化型疥癬の比較

写真1 角化型疥癬の落屑と顕微鏡画像

左の落屑(a)のほんの一部をプレパラートに載せて顕微鏡で40倍に拡大した画像が(b)である。大きなダ二(赤丸)と小さなダニ(青丸)が見える。体格差で大きいのはメス成虫とわかる。通常疥癬では、ひとりの患者に数匹~数十匹しか寄生していないメス成虫が一視野に複数いることが確認できる。このことが角化型疥癬におけるヒゼンダニの寄生数の多さを示している。

疥癬の診断

疥癬の診断はけっこう難しいことを知っておいてください。その理由は、①そもそも疥癬と疑わないこと、②診断の決め手となるヒゼンダニの検出が難しいこと、③多彩な皮膚症状を呈するので、鑑別を要する皮膚疾患が多岐にわたること、④痒みを訴えない疥癬があること、⑤よかれと思って診断の邪魔をしてしまうこと、などが挙げられます。以下、順に説明します。
まず①からです。日本では疥癬は市中に蔓延している状況ではなく、インフルエンザのように毎シーズン対応を迫られる感染症ではありません。局地的に発生して問題になっている感染症なので、診たことがない皮膚科医師も珍しくありません。
②はヒゼンダニの検出が難しいことです。そのため、疥癬は疑ってかからないと診断するのが困難です。とくにアウトブレイクの1例目を診断することは容易ではありません。受診の際に疥癬を疑っていることを伝えると、診断の助けになります。疥癬患者を診るとすぐ目に付くのは、痒みを伴う赤いボツボツ(丘疹)ですが、これは疥癬以外にも多くの皮膚病でもみられるので、診断の決め手にはなりません。疥癬と確定診断するには「ヒゼンダニが患者の皮膚にいる」証拠をつかむ必要があります。そこで、疥癬特有の皮疹(<ruby>特異疹<rp>(</rp><rt>とくいしん</rt><rp>)</rp></ruby>)である疥癬トンネルを探し、ヒゼンダニ虫体を検出してから診断することになります。受精して産卵を始めたメス成虫は約1ヶ月間、ヒトの角質表面にそって疥癬トンネルという浅い穴を掘って「定住」し、毎日2~3個の卵を産み続けます。疥癬トンネルを写真2に、疥癬トンネルのおおよその構造を図1に示します。
ヒゼンダニの幼虫とオス成虫は患者の体表を移動しており、居場所を特定するのは難しいので、疥癬の診断のためにはこの疥癬トンネルを探し、皮膚の検体を採取して顕微鏡でメス成虫を探します(ダーモスコープという道具で皮膚採取せずにメス成虫をみつけることもできます)。疥癬トンネルは患者の全身で数ヶ所しかみつからないことがあり、また繊細な発疹なので、探すのに慣れを要します。疥癬を疑ったら疥癬トンネルの好発部位である手のひら・指の間をチェックするようにしましょう。アウトブレイクの感染源となる角化型疥癬では、患者に寄生しているヒゼンダニの数が多いので、疑って皮膚を検査すれば見つかる可能性は高いはずです。疥癬トンネルの探し方については、疥癬治療薬を取り扱うマルホのwebサイトが工夫されていてわかりやすいです2)
続いて③の疥癬に関連する多彩な皮膚症状について説明します。頻度は高くありませんが、類天疱瘡や紅皮症のような多彩な皮膚症状を呈することがあります。私は免疫染色や血液検査で類天疱瘡の所見を呈しているのに、類天疱瘡の治療(疥癬を重症化させる副腎皮質ステロイドを使用)には反応せず、疥癬の治療をしたら症状が軽快した角化型疥癬の患者をみたことがあります。その方は、足の裏だけ過角化を呈していた(限局型角化型疥癬)のですが、靴下を脱いでもらうまで疥癬だとわかりませんでした。
④痒みを訴えない疥癬があることです。角化型疥癬では強い痒みを訴える方が多いですが、ときに全く痒みを訴えない患者もいるので、「疥癬は痒いものだ」と思い込んでいると見逃してしまうおそれがあります。
最後に⑤の診断の妨げになる処置についてです。②で述べたように疥癬の診断はヒゼンダニを見つけることが決め手になります。診断が付く前にクロタミトン(鎮痒薬)を塗ってしまうと、中途半端に効いてしまいヒゼンダニの検出率が下がってしまうので使用しないようにしましょう。また、手浴・足浴は物理的にヒゼンダニを落としてしまい検出率が下がる可能性があるので、診察後に行うようにしましょう。確定診断の後であれば手浴・足浴で角化型の厚い角質を物理的にこそげ落とすことは推奨できます。

写真2 疥癬トンネル

図1 疥癬トンネルの概念図

疥癬の治療薬は人体に使える殺ダニ剤

疥癬の治療薬は人体に使える殺ダニ剤です。現在保険適応になっている内服薬のイベルメクチン錠と外用薬のフェノトリンローションは有効性が非常に高く、初回治療で生きたヒゼンダニは激減し、感染力は急速に低下します。患者の体表にいるヒゼンダニが古い角質と共に脱落してアレルゲンが減っていくのには時間がかかるので、症状はゆっくり改善していきます。疥癬の感染力とヒゼンダニ由来抗原の推移について図2に概念図で示します。感染力は生きているヒゼンダニの数で決まり、皮膚症状はヒゼンダニ由来の抗原量で決まる(ダニは生きていようといまいとアレルゲンになる)ことを理解してください。
疥癬の治療薬に痒み止めの効果はないので、抗ヒスタミン剤の外用や内服を検討してください。副腎皮質ステロイドは疥癬に対して逆効果なので使ってはいけません。
疥癬の治療は1週間から10日間隔で行われることがあります。この理由は、治療薬が卵に効きにくく、生き残った卵から孵化した幼虫が繁殖力を得る前に叩くためです。内服したイベルメクチンは消化管から吸収され、皮脂腺から分泌されてヒゼンダニを叩きます。イベルメクチン内服とフェノトリン外用の併用は角化型疥癬の場合のみ健康保険の適用が可能で、通常疥癬の場合は適用外となりますので、どちらか一方で治療しましょう。

治癒判定はどうするか?

疥癬診療ガイドライン1)では疥癬の治癒について、「1週間隔で2回連続してヒゼンダニを検出できず、疥癬トンネルなど疥癬に特徴的な皮疹の新生がない場合に治癒とする」と定義されています。治療後しばらくは新規の発疹(丘疹など)ができることもありますが、疥癬トンネルでないなら治療の失敗を意味しません。疥癬トンネルは治療後徐々に消退しますが、すぐになくなるわけではないので、疥癬トンネルが「新しいかどうか」を判断するのは慣れた医師にとっても難しく、治癒判定は皮膚症状だけでなく、治療内容や全身状態などから総合的に行われます。

図2 疥癬の感染力とヒゼンダニ由来抗原の推移(概念図) *このようなデータを取るのは困難なので(p8参照)、あくまで概念図です

感染対策

疥癬の集団感染とは?

同時期に集団内で疥癬患者が2人以上確認された場合、アウトブレイクの可能性を考慮します。通常疥癬の感染力は強くないので、アウトブレイクと判断した際には、集団内に角化型疥癬が存在する、または過去に存在していたことを想定し、集団のメンバー(患者・利用者・スタッフ)の皮膚をチェックします。皮膚をチェックする目的は、未診断の患者をみつけて治療するためと、アウトブレイクがどのように拡がっているのか推定して対策を立てるためです。疥癬のアウトブレイクで最も恐いのは、集団内に未診断の角化型疥癬患者がいて現在進行形で感染が拡がっていることです。診断の項でも述べましたが角化型疥癬では痒みを訴えないことがあるので、「痒いボツボツ」が疥癬という思い込みは見逃しにつながるので注意しましょう。角化型疥癬患者がみつからなかった場合は、既に退院・退所等で集団を離れた患者が感染源となった可能性を考慮しましょう。角化型疥癬になってしまうのは、全身状態不良な患者が多いので、数ヶ月に及ぶ潜伏期間を抜けて2次感染者が発症し、アウトブレイクが認知される頃には死亡、退院などで追跡困難になっている可能性もあります。
すでに述べたようにヒゼンダニは増殖速度が遅い病原体なので、皮膚チェックは頻繁に行う必要はなく、週に1回程度で十分です。しかし、潜伏期間を抜けて発症する患者をみつけるためには、繰り返しチェックを行う必要があります。

集団感染対策は長期戦になることを覚悟しよう

疥癬のアウトブレイクは正しい対策をきっちり行っても終息(正確には終息したと判断できるようになるまで)に数ヶ月かかります。しばらく新規発症者が出ず、そろそろ終息かな?と思った頃に新規発症者がでることは「疥癬あるある」です。その理由は「病態」の項でご説明した疥癬の潜伏期間の長さにあります。感染を受けた後、1~3ヶ月以上経ってから発症することも珍しくありません。そのため、疥癬のアウトブレイクでは対策に数ヶ月かかることを覚悟し、優先順位の低い対策はやめて、優先すべき対策を継続しましょう。

治療こそ最優先の感染対策

アウトブレイクの最優先事項は、患者を診断して治療することです。イベルメクチンとフェノトリンは殺ダニ効果が高く、1回治療すると生きたヒゼンダニは激減し、感染力が低下します(図2をもう一度ご覧ください)。つまり、治療こそがもっとも効果の高い感染対策なのです。通常疥癬は感染力が強くないので、第2・第3の角化型疥癬患者が発生しないように対策を講じていれば、アウトブレイクは必ず終息します。通常疥癬から角化型疥癬になるのは、免疫が低下する悪条件がある患者に限られ、ある程度の時間がかかると考えられます。そのため、疥癬の皮膚症状を知った上で週に1回程度の皮膚チェックを続けていれば、角化型に移行する前に診断して治療できます。

角化型と通常疥癬で感染対策は異なる

これまで繰り返し述べてきたように、通常疥癬の感染力は弱いため、隔離は必要ありません。角化型疥癬と通常疥癬では、患者に寄生するダニの数が異なり、感染力にも大きな違いがあります。患者の衣類やリネン類の殺虫は、角化型疥癬の場合だけに必要な処置であり、通常疥癬では必要ありません。

角化型疥癬でも隔離は短期間でよい

桁違いにヒゼンダニが寄生している角化型疥癬患者の場合、診断当初は個室隔離をお勧めします。しかし、角化型疥癬であっても、イベルメクチン錠やフェノトリンローションのような効果の高い疥癬治療薬で治療を始めれば、ヒゼンダニは急速に死滅し、感染力も同時に低下します。疥癬でガウンテクニックや隔離が数週間以上必要なことはありません。何度も申しますが、診断と治療が最優先の感染対策だからです。

疥癬の感染対策のキモ

私は隔離期間やガウンテクニック、掃除方法といった細部にこだわることよりも、「診断して治療することこそが疥癬の感染対策で最も大切なこと」と「疥癬の皮膚症状と感染力はパラレルではないこと」、「角化型疥癬でも治療すれば感染力は低下すること」をご理解いただくことが大切だと考えています。
詳細な感染対策については、日本皮膚科学会のwebサイトで全文入手可能な疥癬診療ガイドライン(第3版)の表6 疥癬感染予防のポイントに記載があります。環境整備・身体ケア等の際の感染対策がまとまっており、私も作成に関わりましたのでご参照ください。

濃厚接触者の予防的治療について

効果の高い治療薬が入手しやすくなり、疥癬患者と濃厚接触した方の予防的治療についてご相談を受けることが増えました。疥癬の予防的治療については、いまだ専門家の間でもコンセンサスが得られていませんので、以下に私の経験に基づく考えを述べていきます。

1. 予防的治療の基本的な考え方

角化型疥癬の同室者や直接的ケアに当たった職員、通常疥癬患者と濃厚な接触歴があり今後疥癬を発症する可能性が高いと考えられる方には、予防的治療を行うことがあります。予防的治療は、医師の指示のもとにインフォームドコンセントを得て行います。しかし、どの程度の接触で、どのような予防的治療を行うべきかについても議論があり、標準化されていません。
まず予防的治療の実施計画を検討します。これまでの患者との接触状況、疥癬発生状況を考慮して予防的治療を行うかどうか、誰に行うのかを決めます。角化型疥癬の場合は感染力が非常に強いため、通常疥癬より積極的に予防的治療の検討を行います。集団内の発症率が高く、集団のメンバー全員が濃厚接触したと考えられる場合は、集団を対象とした予防的治療(一斉治療Mass Treatment)を行うこともあります。私見ではありますが、一斉治療や予防的治療を行わなくても終息したであろう事例が多いという印象を持っています。
予防的治療を検討する場合に理解しておくべき最重要事項は「予防的治療を行っても疥癬発症を100%防げるわけではない」ということです。予防的治療を行っても、数ヶ月経ってから疥癬を発症することも珍しくありません。感染源となった角化型疥癬患者の診断までに時間がかかった場合は、接触者の数が膨大になり、追跡調査が現実的ではないことがあります。接触者を追跡できても、その全てに予防的治療を行うことが非現実的であるケースは、枚挙にいとまがありません。そういった場合は、数ヶ月間にわたって疥癬発症者が出るかもしれないことを念頭に置いて、対象集団の経過を追うしかありません。
予防的治療の対象者を広げることや、厳重な対策は行わず、その取り組みに要する努力を注意深い観察に向けることが現実的だと考えています。

2. 対象者選定

通常疥癬の接触者については家族・濃厚接触者(例えば患者と一緒に寝たり、<ruby>雑魚寝<rp>(</rp><rt>ざこね</rt><rp>)</rp></ruby>したりする機会のあった方など)のみ予防的治療を行うことをお勧めします。
角化型疥癬患者と同室だった方や、直接的なケアを行って接触があった方に関しては、感染力の強さを考慮し、通常疥癬の場合より予防的治療を積極的に検討します。

3. 治療内容と実施上の注意

予防的治療を行うにあたっては、治療内容について十分な説明を行い、治療に対する同意をとることが必要です。予防的治療はいずれも「保険適用外」となります。イベルメクチンもフェノトリンも通常と同様の方法で治療します。
イベルメクチンは内服薬であり、有害事象として肝機能障害や血小板減少が報告されているので1,3)、安易な処方は避け、事前に血液検査を行うことをお勧めします。外用薬であるフェノトリンも頻回に使用すると接触皮膚炎を起こすことがあり、診断に慣れないと疥癬との鑑別が難しいです。いずれにしろメリット・デメリットを知って、予防的治療を行うかどうか検討しましょう。
予防的治療の発症予防効果は100%ではないので、予防的治療後に疑わしい皮膚症状が出たら、積極的に皮膚科を受診し、医師に疥癬を疑っていることを伝えてもらうようにしましょう。

疥癬の情報が錯綜するわけ

ここまで語ってきておいてなんですが、実は疥癬に関するエビデンスは限られており、今もわかっていないことが多い状況です。ヒトヒゼンダニはヒト特有の寄生虫で、実験動物を使っては飼育できません(動物種により寄生するヒゼンダニの種類が異なるため)。通常疥癬の患者に寄生するメス成虫の数が数匹~数十匹であり、初回感染時の潜伏期間が約1ヶ月であることは1940年代に良心的徴兵忌避者が参加した人体実験でわかりました4)。実はヒゼンダニに消毒用アルコールが有効なのかについては決定的なエビデンスはありません(あまり効果がないだろう、と考えられています)。疥癬の集団感染は事例によって集団の年齢や基礎疾患等が異なり、いつどこで起きるか予測できないので、質の高いランダム化比較試験の実施はほぼ不可能です。
また世界に目を向けると、国や地域によって疥癬の流行状況は大きく異なり、使われている治療薬も違うことがあります。熱帯の発展途上国などでは人口の20%ほどが疥癬にかかっている地域があります。WHOは疥癬をNeglected tropical disease(顧みられない熱帯病)として問題提起しています5)。日本を含む先進国では市中感染症ではなく、老人ホームや病院等でのアウトブレイクが多く報告されています。
英語文献を検索すると疥癬の予防的治療の事例報告は沢山ヒットしますが、日本と海外との疥癬の流行状況や医療体制は大きく異なるので、その診療プロトコルを日本に導入するには注意が必要です。例えば熱帯の島嶼国にて国際協力機関がオンコセルカ症による失明予防目的で、イベルメクチン錠を地域で無料配付したところ、蔓延していた疥癬の罹患率が低下したことから、それを発展させた地域単位のMass Treatmentの研究が報告されています6)。皮膚科専門医へのコンサルが困難な英国からは、高齢者施設での集団感染の際に予防的治療のハードルを意図的に下げて上手くいったという報告7)があります。海外発の文献を読む場合は、背景となった社会の疥癬の流行状況や保健医療サービスへのアクセスを考慮する必要があります。

おわりに

2006年にイベルメクチン錠、2014年にフェノトリンローションが保険収載され、日本での疥癬の治療は大きく前進しました。本稿で繰り返し述べたように、週に1回の使用で高い殺ダニ効果が得られる薬剤の入手が容易になりました。疥癬の場合、効果の高い治療が最も効果的な感染予防策ですから、私の役割は終わったはずでした。しかし、いまもアウトブレイク事例のご相談を受けることが多いのです。そのため、依然として「疥癬の診断にはコツが必要」で、「潜伏期間が長いために前のめりの対策は禁物、『待ちの姿勢』が大切」なことについての啓発が必要だと考えるようになりました。拙稿が読者とそのクライアントの皆様のお役に立てれば幸いです。

引用・参考文献

1)日本皮膚科学会疥癬診療ガイドライン策定委員会. 疥癬診療ガイドライン(第3版), 2015 https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/kaisenguideline.pdf で全文入手可能(Accessed November 25, 2024)
2)マルホ. 医療関係者向けサイト. 疥癬: https://www.maruho.co.jp/medical/diseases/scabies/index.html(Accessed November 25, 2024)
3)関根 万里, 中尾 由絵, 本多 新 : 高齢者の感染症<臨床例>-16)疥癬 イベルメクチンによる肝障害を呈した症例. 皮膚病診療 2008;30:193-196.
4)Mellanby K: Scabies. E.W. Classey 1972.
5)Steer A: Scabies joins the list of WHO neglected tropical diseases. The Lancet Global Health Blog 2014.
6)Lake SJ, Engelman D, Zinihite J, Sokana O, Boara D, Nasi T, Gorae C, Osti MH, Phelan S, Parnaby M, Grobler AC, Schuster T, Andrews R, Whitfeld MJ, Marks M, Romani L, Kaldor J, Steer AC, Kaldor JM: Protocol for a cluster-randomised non-inferiority trial of one versus two doses of ivermectin for the control of scabies using a mass drug administration strategy (the RISE study). BMJ Open 2020;10:e037305.
7)Cassell JA, Middleton J, Nalabanda A, Lanza S, Head MG, Bostock J, Hewitt K, Jones CI, Darley C, Karir S, Walker SL: Scabies outbreaks in ten care homes for elderly people: a prospective study of clinical features, epidemiology, and treatment outcomes. The Lancet Infectious Diseases 2018;18(8):894-902.

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