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HosCom 2024 vol.21 no.3

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新しい概念「病原体の空気を介した伝播」の考え方について

堀 賢
順天堂大学大学院 医学研究科 感染制御科学 教授

※本記事は、「HosCom 2024 vol.21 no.3(2024年11月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。

はじめに

これまでの感染症対策の概念では、標準予防策に加え古典的な3つの感染経路(空気・飛沫・接触)に対する固有の対策を組み合わせることで、日常的に遭遇するほとんどの感染症に対応できていた。しかしながら、今般のパンデミックの原因となった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、この概念では説明できない感染拡大の事例が観察され、飛沫核と飛沫の中間のエアロゾル粒子(エアロゾル)によって媒介される新しい感染経路の存在が提唱されるようになり、換気が伝播防止のために重要であることも周知が進んだ。
同じ頃(2020年)、空調工学や流体工学の専門家らを中心にCOVID-19は空気感染で伝播すると定義すべきという声明1)も出されたが、世界保健機構(WHO)がこれを了承しなかったため、永らく大きな混乱が起きていた。これを受けてWHOはグローバル技術協議会を発足し、空気感染、飛沫感染の定義の見直しに取り掛かり、2024年4月に新たに「病原体の空気を介した伝播(TTAT:through the air transmission)」2)を提唱するに至った。この考え方は、従来の感染経路別予防策の考え方を揺るがす大きな転換を迫っている。本稿では、「病原体の空気を介した伝播」とそのメカニズムの概要を説明し、さらにこの考え方に基づいて必要な対策を解説する。

古典的な3つの感染経路と、新しいエアロゾル感染経路の提唱について

これまでの感染対策は、米国の疾病管理予防センター(CDC)が1996年に発表した「病院における隔離予防策のためのガイドライン」3)に端を発する。すなわち、飛沫核の吸入によって起きる空気感染、飛沫を浴びることによって起きる飛沫感染、汚染された物品や環境を介して起きる接触感染である。このガイドラインはその後改訂され今日に至るが4)、COVID-19のパンデミックでは、この3つの感染経路だけでは説明できない水平伝播の事象が相次いだ5,6)。例えばCOVID-19の感染事例を解析すると、80%程度の感染者は二次感染を発生させないが、発生する時にはクラスターと呼ばれる集団感染が発生していた6)。さらにクラスターが発生した集団では、密閉された空間で、多くの人が密集し、密接な会話が行われている状況(いわゆる3密条件)が共通していたことから、空気中に飛散した病原体を吸入することで、より多くの人に感染が拡大したと推定された7,8)

エアロゾル粒子の大きさに基づく、空気・エアロゾル・飛沫の定義について

日本エアロゾル学会による工学的な定義によれば、広義のエアロゾル(aerosol)とは、気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体であり、エアロゾル粒子の性状は、粒径や化学組成、形状、光学的・電気的特性など多くの因子によって多様に表され、分子やイオンとほぼ等しい0.001μm=1nm程度から花粉のような100μm程度まで広い範囲が対象となっている9)
これに対し医科学分野においては、人間が発声や咳嗽をすると、様々なエアロゾル粒子が発生し、口腔や鼻腔を通じて周囲に拡散する。古典的な分類では、直径5μmを境に、それ以上の比較的直径が大きなエアロゾル粒子は「飛沫(droplets)」と呼ばれ、それ以下の比較的直径が小さなエアロゾル粒子は「飛沫核(droplet nuclei)」と定義されてきた(図1参照)3,4,10)。飛沫は1-2m飛んだ後に重力に引かれて落下するのに対し、飛沫核は水蒸気となって空気中にいつまでも浮遊すると認識されている。これは飛沫感染経路と空気感染経路を定義するときに便宜上定めた二元論に基づいた古典的な考え方である10)。しかしながら実際には、人間が発声や咳嗽をするに伴い、さまざまな粒径の粒子が連続的に産生されており、どこか任意の一点を以て、区別することの是非が問われ始めている。

図1 飛沫、エアロゾル、飛沫核の定義 従来は、液体粒子に関する古典的な分類は、直径5μmを境界にして、飛沫と飛沫核に2分類していた(a)。新たに提唱された「空気を介した伝播」においては、粒子径によって区別をしていない(b)。

「病原体の空気を介した伝播」という考え方

エアロゾル感染経路では、どの範囲の粒子径サイズの粒子がSARS-CoV-2の伝播に寄与しているかが明らかにできていなかった。そこでWHOのグローバル技術協議会は、従来の二元論とは全く異なる新しい概念として、「病原体の空気を介した伝播(TTAT)」を提唱してきた2)。この概念は、以下のような骨子で構成されている。

  1. 病原体に感染した個人(感染源)は、病気の感染期間中に、病原体、水分、呼吸器分泌物を含む微粒子を生成する。このような微粒子は、潜在的な「感染性粒子」として知られている。

  2. これらの潜在的に感染性をもつ感染性粒子は、呼吸、話す、歌う、唾を吐く、咳をする、くしゃみをするなどによって感染した個人の口/鼻から排出され、周囲の空気に溶け込む。この時点から、これらの微粒子は「感染性呼吸性粒子(IRP:Infectious Respiratory Particles)」として呼ばれるようになる。

  3. IRPは、さまざまな粒子径サイズ(サブミクロンからミリメートルまでの直径)で存在している。放出されたIRPは、パフクラウド(呼気のかたまり)として呼気中に排出される(最初に空気の流れから独立して移動し、その後屋内の空気の運動によってさらに拡散され、希釈される)。

  4. IRPは、連続的なサイズのスペクトルで存在しているため、小さな粒子と大きな粒子を区別するために単一のカットオフポイントを適用すべきではない。これにより、以前の用語である「エアロゾル」(一般的には小さな粒子)と「飛沫」(一般的には大きな粒子)の二分法から離れることが可能になる。

  5. 多くの環境要因が、IRPが空気中を通ってどのように移動するかに影響を与える。これには、周囲の空気温度、速度、湿度、日光(紫外線)、空間内の空気流の分布などの要因が含まれる。そして、これらの粒子が他の個人に到達した際に、生存性と感染性を保持しているかどうかも影響を与える。

TTAT発表による影響と問題点

感染対策に関する従来の用語および定義を批判した工学分野の研究者らの意図は、TTAT対策として換気/空気清浄が必要であることを広く訴えることであったが、それぞれの減少に対して、具体的な感染対策に落とし込んでいなかったために、医療現場では大きな衝撃と混乱が起き始めている。この技術協議報告書が発行されてからわずか3週間後には、Lancet誌に、「空気感染病原体:言葉を制御しても感染は制御できない(Airborne pathogens:controlling words won't control transmission)」というCorrespondenceが投稿されたほどである11)。この混乱は、CDCやWHOによって、新しい概念に基づくプラクティカルガイドラインが発表されるまでの数年間は続くと予想される。

飛沫感染予防策について

従来の飛沫感染は、TTATの考え方では、IRPの「直接沈着」に相当する。IRPの粘膜への直接沈着を防止するためには、飛来するIRPから被感染者の目、鼻、口を保護する必要がある。オフィスなどの環境では、両者の間に机の上70cm以上のパーティションを置くことでIRPをブロックすることができる12)。また臨床現場においては、IRPの発生源である感染者の口腔をサージカルマスクで覆い、さらに被感染者の鼻腔・口腔をサージカルマスクで覆い、眼裂をアイウェア/フェイスシールドで覆えば、直接沈着は完全に阻止できる13)。また会食など、やむを得ずマスクを外す場合には、マスクを外している間は発語をしない(黙食)ように留意することで、理論的には直接沈着のリスクを極限まで低下させることができる。

空気感染予防策について

IRPの粒子径にかかわらず、吸入によって感染する現象は、空気伝播(airborne transmission)、または吸入(inhalation)としてひとつにまとめられた。空気中に放出されたIRPの吸入を効率よく防止するためには、a)IRPの発生防止、b)IRPの吸入防止、c)換気と希釈によりIRPを空間から除去することの3つが必要である。

a)IRPの発生防止 と b)IRPの吸入防止

IRPは日常生活で声を出したり、咳をしたりすることでも放出される。従って、当面は市中の流行状況に合わせて、サージカルマスクの着用ポリシーを、咳エチケットからユニバーサルマスキングへ変更することが必要であろう。またエアロゾル発生手技によってもIRPが多量に放出される。従って、施術者の口腔・鼻腔を覆うマスクは、N95レスピレーターが、通常使用ではサージカルマスクが最も適切である12,13)。透過性の高い(濾過率の低い)ウレタンマスクや、フィルター効果が全くないマウスガードやフェイスシールドでは、ある程度のIRPは遮蔽(ブロック)できるものの、感染者からのIRPの漏洩を全く防げないので、医療施設内でこれらの単独使用は避けるべきである13)。実際の臨床現場において、常にN95レスピレーターを使用させることは、職員への負荷や経済的な負担を考えると現実的な対策とはいえない。今後は、相手が感染症に罹患しているかどうか、サージカルマスクの着用の協力をどれだけ得られるか、医療処置によって発生するIRPの産生量などを考慮して複合的にリスクアセスメントを行い、着用すべき個人防護装備(PPE)の種類を決定していく必要がある。ただし、精度の高いリスクアセスメントを現場の職員に教育して可能にさせるには、想像を絶する困難が伴うであろう。

c)IRPの空間からの除去

厚生労働省は、換気の悪い密閉空間を回避することができる目安として、機械式換気の場合、一人あたり毎時30㎥の換気量を確保するか、窓開けによる自然換気を行うことを推奨している14)。この目安は、元々はシックハウス症候群の発生防止を目的として改正された、いわゆる「新ビル管理法」で定められている。この法律に準拠して認可された特定建築物では既にこの基準は達成されているが、医療施設は特定建築物に含まれていない。しかしながら、医療法上の病院施設であるならば、施設基準や病院設備設計ガイドライン(空調設備編)に示されているように換気の要件(表1参照)が指定されており、この要件を満たしている15)。問題となるのは、どちらのカテゴリーにも分類されない「雑居ビルにおけるテナント」、また「クリニックや有床診療所や介護施設」などの換気については、建築基準法で定められた基準しかないことがほとんどである。従って、これらの施設での換気管理については、病院や特定建築物での基準に準拠した自主的な換気管理が必要となることがある。

表1 エアロゾル感染対策に必要な仕様(暫定)

換気に関する法令・通知、ガイドライン

今回のCOVID-19のクラスター事例が、換気の悪い密閉空間で多発していたことから、厚生労働省は、「換気の悪い密閉空間を改善するための換気の方法」という見解を公表した。これは新ビル管理法に基づいて換気の基準(30㎥/人/時)を引用しており、「COVID-19の感染を確実に防止することはできないが、この基準に適合していれば、換気の悪い密閉空間には当たらない」としている14)。また近年、筆者が改訂委員長となって改訂された病院設備設計ガイドライン(空調設備編)HEAS-02-2022においては、室圧については陽圧を避けてあれば特段の基準を求めないが、全風量で毎時2~12回以上の換気と、循環フィルターの規格として中性能フィルター以上を採用することを推奨している15)。一方海外では、Lancet COVID-19委員会が非感染性の清浄な空気を得るために目指すべき換気量として、毎時6回換気以上(6ACH)か、少なくとも10L/人/秒(=36㎥/人/時)、理想的には14L/人/秒(=50.4㎥/人/時)を推奨している16)。またCDCは毎時5回換気(5ACH)以上を維持したうえで、循環フィルターの規格としてMinimum EfficiencyReporting Value(MERV)13以上を使用することを推奨している17)。さらに米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)では、外気だけでなく、濾過された再循環空気や他の様々な技術によるIRPの除去も考慮して、一人当たりの相当換気量(equivalent clean airflow rate in units of flow per occupant in a space:ECAi)を指標とするようにガイドラインを変更した18)
ここで紹介したこれらの新しい基準は、エビデンスが確立していない現時点でのコンセンサスに留まり、科学的に立証された安全基準とまではいえないので、今後の科学的知見のアップデートに注意が必要である。
また、どんな建築物でも、経年劣化により所期の換気性能が発揮されなくなってくることがある。一部地域では、省エネルギー運転のために夜間の換気量を意図的に減らした運用をしている施設もある。このような施設において、COVID-19の院内クラスターが複数発生したことから、厚生労働省は、事務連絡として「新型コロナウイルス感染症の治療を行う場合の換気設備について」を発出している19)。メンテナンスと性能評価を適切に行いながら、施設基準やガイドラインに適合した適切な換気を維持する必要がある。

換気に関する評価と低換気時の対応フローチャート

これまでに出された法令やガイドライン、また科学的な知見の集積により、どのような基準で室内気の空調管理をすればよいかを解説してきたが、実際にどういう戦略で空調管理をするかについては、確立された簡便な方法は出されていない。筆者は、当院での3密空間撲滅のために、図2のフローチャートに示す戦略を立て、施設課に実行を指示し、非常に効率よく問題解決ができたので一例として紹介する。
まずCO2濃度測定器を設置して、室内の換気の偏りが少ない状態で1,000ppmを超えているようであれば、室内の定員を減らす(①)か、窓が開く場合には自然換気を行う(②)。しかしながら窓が開かない場合には、機械式換気装置の風量を増加させるか(③-a)、不足する換気量に相当する分の風量を濾過する空気清浄機を設置する(③-b)。この場合、使用する空気清浄機の除去方式は、花粉対策でおなじみの電気集じん方式ではなく、中性能以上のフィルターによるファン方式が望ましい。また、病室よりも大きな空間を清浄化する場合には、大型を1台設置するより、中型を複数台設置する方が効率よくIRPを除去することができる。なお、空気清浄機ではCO2が除去できないので、解決法(③-b)を選択した場合には、以降はCO2濃度を目安にした管理はできないので、空気清浄機の適切なメンテナンスを行う必要がある。上記の戦略でも基準を達成できない時には、換気の専門業者に相談し、空調設備の改修やアップグレードなどを検討していただきたい。これらのさらに詳しい解説は、内閣感染症危機管理統括庁の特設サイトに「集団生活の感染を防ぐための換気対策 保育所等及び高齢者施設の事例集解説編」が掲載されているので、参考にされたい20)

図2 換気に関する評価と低換気時の対応フローチャート

3密空間を撲滅するための戦略として用いた換気の評価と換気の改善方法の考え方。
これで改善しない場合には、換気工学の専門家へ助言を求めるべきである。

まとめ

COVID-19によるパンデミックは、我々がこれまで培ってきた感染制御の考え方では、根本的な制御ができないことを露呈させた。WHOによりTTATの概念が提案され、一部では混乱も起き始めているが、しばらくは従前の感染対策の方法を維持しつつ、COVID-19の経験を踏まえて場面ごとに整理し、どの程度の対策を講じていくべきかを議論していく必要がある。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」の精神で、新しい概念を積極的に受け入れ、常に最新の感染症対策を立案していく気概を持ち続けておきたい。

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