HosCom 2024 vol.21 no.2
Topics
エゾウイルスによるダニ媒介感染症
- 児玉 文宏
- 新潟市民病院 総合診療内科 副部長
※本記事は、「HosCom 2024 vol.21 no.2(2024年7月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに
2013年に国内1例目の重症熱性血小板減少症候群(以下、SFTS)患者が報告されるまで、日本では医療従事者においてもマダニやダニ媒介感染症はあまり認知されていなかったと考えられます。実際、Google Trendで「マダニ」の検索状況の推移を見てみると、2013年に「マダニ」の検索件数が大幅に上昇し、以降、主に毎年6月から9月にかけて注目を集めていることが分かります(図1)。
その後、SFTSによる患者の死亡が相次いでニュース等で報じられるようになると、マダニに関連した感染症は広く認知されるようになりました。更に北海道では2016年に国内2例目となる、ダニ媒介脳炎の発生が、また2023年には世界で初めてOz(オズ)ウイルスによる、ヒトへの感染がそれぞれ報告され、過去10年間でダニ媒介感染症に関して新しい知見が多数得られています。2019年には世界で初めて北海道にてエゾウイルスが発見され、またエゾウイルスによる感染症の患者が発生しました1)。今回のTopicsではエゾウイルスとエゾウイルス感染症を取り上げます。
マダニ
マダニ(写真)はクモ綱ダニ目のうちマダニ科、ヒメダニ科などに属し、日本国内には少なくとも8属48種が確認されています2)。
ヒトに吸血しないヒゼンダニなどのダニは、クモ綱ダニ目無気門亜目ヒゼンダニ科に属し、正式にはマダニとは異なる節足動物です。なお、マダニが媒介する感染症を示す用語として、厚生労働省では「ダニ媒介感染症」を採用していますが、厳密には「ダニ」と「マダニ」は異なっており、医学的には「ダニ媒介感染症」ではなく「マダニ媒介性感染症」がより適切な用語なのかもしれません。本稿では厚生労働省に準じ「ダニ媒介感染症」の表記を用います。後述の通り、北海道内の複数の種類のマダニからエゾウイルスが検出されています。
マダニの生活環には4つの発育ステージ(卵、幼ダニ、若ダニ、成ダニ)があり、生涯で少なくとも3回の吸血を行います(図2)。
マダニは野ネズミ、野ウサギ、シカ、イノシシなどの野生動物に加え、ネコ、イヌなどのペットも吸血するため、種を超えて病原体を媒介します。ダニ媒介感染症ではマダニの刺咬以外に、SFTSでは感染した犬猫による咬傷や、ダニ媒介脳炎ではヤギ乳の喫飲などの感染経路も知られています。なお、マダニはその発育ステージや吸血の状態により大きさが異なるため、肉眼では容易に認識できない場合があります。
エゾウイルス発見の経緯
北海道のダニ媒介感染症として、ボレリア属細菌による感染症のライム病と、ボレリア・ミヤモトイ病(新興回帰熱)、ウイルス感染症のダニ媒介脳炎が報告されていました(表1)。しかし、北海道でのマダニ刺咬後の発熱性疾患において、従来これらの病原体診断に至らない患者が一定数存在していました。
そのうちの1人である札幌市在住の40代男性が、筆者が当時勤務していた札幌市内の急性期病院に入院しました。高脂血症、高尿酸血症以外に特記すべき既往はなく、比較的健康に過ごされていた方です。2019年5月、北海道の山林に入り山菜採取をした翌日、右下腹部の虫の付着に気づき虫体を自己抜去し、来院時には刺咬部皮膚に小丘疹と紅斑を認めるのみでした。その数日後から発熱、下肢筋肉痛を発症し、歩行困難となるほどの強い症状があり、ダニ媒介感染症、特にウイルス感染症である可能性が高いと考えました。札幌市保健所、北海道立衛生研究所、国立感染症研究所の先生方にご協力をいただき、既知の感染症を対象に精査を行ったものの確定診断に至りませんでした。北海道のマダニが保有するウイルスに関して文献検索を行い、当時、北海道大学大学院獣医学研究院・獣医学部微生物学教室の講師をされていた、松野 啓太先生が北海道のシュルツェマダニより新規フレボウイルスを発見し、Mukawa virusと呼称されていることを知りました。早速、松野先生に連絡し、エゾウイルス発見に至りました。獣医学の先生方のご尽力がなければ、エゾウイルスは発見できず原因不明とならざるを得ませんでした。
エゾウイルス
次世代シーケンサー※などの遺伝子発現解析技術の発展により、国内外においてエゾウイルスの発見前から新規のダニ媒介ウイルスが発見されています。中国ではシーケンサーにより、71種類の節足動物から、112種類の新規ウイルスを発見した旨を2015年に発表し3)、その後も次々とマダニ媒介性のウイルス感染症が報告されています。例えばマダニ刺咬後に発熱・発疹を発症した中国・新疆ウイグル自治区在住の62才女性からTacheng tick virus 1(以下、TcTV-1)が検出され、ダニ媒介感染症の病原体であることが判明しました4)。このTcTV-1は地域住民の10.1%でIgG抗体陽性であり、すでに多くの患者が診断に至らず感染していたことが示唆されています。当初、エゾウイルスはこのTcTV-1が属するTamdy遺伝子群に比較的近縁であると考えられていましたが、その後、ルーマニアのドナウ・デルタのリシヌス・マダニより発見されたSulina virusと近縁であることが判明しました5)。エゾウイルスは、クリミア・コンゴ出血熱ウイルスと同じ、ブニヤウイルス目ナイロウイルス科オルソナイロウイルス属に属しますが、遺伝的に類縁とは必ずしもいえません。
※次世代シーケンサー:DNAを構成する塩基配列を、高速かつ大量に解読する装置
エゾウイルス感染症
筆者が診療した2名のエゾウイルス感染症患者では症状、身体所見とも特異的所見に乏しかったものの、白血球減少、血小板減少、異型リンパ球増多、肝機能障害、CK(クレアチンキナーゼ)高値、フェリチン高値などの検査値異常を認めました。著明な異型リンパ球増多は、北海道で感染しうる他のダニ媒介感染症の経過では比較的その頻度は少ないと思われ、エゾウイルス感染症に特徴的な検査所見である可能性があります。更にその後の後方視的研究において、ダニ媒介感染症が疑われ北海道衛生研究所に検査依頼があった248検体に対し、遺伝子検査法で調査したところ、2014~2020年までに合計7名のエゾウイルス感染症患者が確認されていました1)。なお、この7名のうち4名にボレリアとの共感染が確認されており、患者の症状がどちらの病原体によるものであったかは不明です。
エゾウイルス感染症患者の発生は、2021年に我々が報告した7名の患者の他、北海道の上川地方の山林に入った40代男性からも報告されています6)。この患者は山中に入った翌日に右上腹部のマダニに気づき、その4日後から39℃までの発熱にて発症しています。発熱以外の症状はやはり非特異的で、食欲不振、全身倦怠感、頭重感となっています。同様に軽度の白血球減少、肝酵素上昇、フェリチン上昇を認め、エゾウイルス感染症に共通する検査値異常の可能性があります。血清、虫体からウイルスが検出され、エゾウイルス感染症との診断に至っています。
なお、これまでエゾウイルス感染症によるヒト-ヒト感染や死亡例は報告されていません。エゾウイルスは感染症法の届出疾患となっていません。診断には遺伝子学的または血清学的な検査が必要となるため、近隣の感染症専門医、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所の松野 啓太先生などへの相談が必要となります。なお、特異的な予防や治療方法は明らかにはなっていません。エゾウイルス感染症の臨床経過はSFTSと類似しているため、疑った場合にはSFTSと同様に、標準予防策に加え接触予防策と飛沫予防策による院内感染対策が望ましいと考えます。更に心肺蘇生術などのエアロゾル発生を伴う処置を実施する場合、空気予防策の実施が望ましいと思われます。
北海道内の野生動物とマダニにおけるエゾウイルス
北海道内の野生動物とマダニにおいてエゾウイルスの存在が確認されており、抗エゾウイルス抗体陽性率はエゾシカ0.8%、アライグマ1.6%、エゾウイルスRNA陽性率はオオトゲチマダニ3.7%、ヤマトマダニ1.9%、シュルツェマダニ1.3%と報告されています。これらの結果から、エゾウイルスはすでに北海道内の野生動物とマダニに常在していると考えられます。
中国でのエゾウイルス感染症
エゾウイルス感染症は中国東北部内モンゴル自治区に在住する33才男性からも症例報告がされています7)。患者はシュルツェマダニの刺咬1週間後に発熱から発症し、その後頭痛、めまい、視覚障害、胸部不快感、胸痛、全身倦怠感、関節痛などの多彩な症状を認めています。上記の北海道から報告された2例の患者と比較し、病態は比較的軽かったと報告されています。入院中にリバビリン、セフトリアキソンナトリウム、アジスロマイシンが4日間投与され、8日間の入院後、症状は改善し退院しています。しかし、エゾウイルス感染症に対するリバビリンの有効性が証明されているわけではありません。また、エゾウイルス感染症に対するリバビリンの使用は日本国内では適応外です。
結語
近年、検査へのアクセス向上、マダニに対する認知度の上昇などにより、既知のダニ媒介感染症の診断が比較的容易になったと考えられます。更に次世代シーケンサーなどによる病原体診断技術の向上で、新規のダニ媒介ウイルスが発見され、ダニ媒介感染症に関する新しい知見が得られています。この急速かつ大きな変化は過去には認めなかった可能性があります。そうした中で発見されたエゾウイルスとその感染症ではありますが、まだまだ病態や治療方法など未知の部分が少なくないため、今後更なる研究が必要となっています。
参考文献
1) Kodama F, Yamaguchi H, Park E, Tatemoto K, Sashika M, Nakao R, et al. A novel nairovirus associated with acute febrile illness in Hokkaido, Japan. Nat Commun 2021;12:5539. https://doi.org/10.1038/s41467-021-25857-0.(accessed.March 18,2024)
2) Natsuaki M. Tick bites in Japan. J Dermatology 2021; 48:423-430. https://doi.org/10.1111/1346-8138.15779.(accessed.March 18,2024)
3) Li C-X, Shi M, Tian J-H, Lin X-D, Kang Y-J, Chen L-J, et al. Unprecedented genomic diversity of RNA viruses in arthropods reveals the ancestry of negative-sense RNA viruses. elife 2015;4:e05378. https://doi.org/10.7554/elife.05378.(accessed.March 18,2024)
4) Liu X, Zhang X, Wang Z, Dong Z, Xie S, Jiang M, et al. A Tentat ive Tamdy Orthonairovirus Related to Febrile Illness in Northwestern China. Clin Infect Dis 2019;70:2155-2160. https://doi.org/10.1093/cid/ciz602.(accessed.March 18,2024)
5) Tomazatos A, Possel R von, Pekarek N, Holm T, Rieger T, Baum H, et al. Discovery and genetic characterization of a novel orthonairovirus in Ixodes ricinus ticks from Danube Delta. Infect Genetics Evol 2021;88:104704. https://doi.org/10.1016/j.meegid.2021.104704.(accessed.March 18,2024)
6) 野口藍子, 小松成綱, 橋本喜夫, 金田和宏, 三津橋和也, 渡慧, et al. エゾウイルス感染症の1症例. 日本皮膚科学会雑誌 2023;133:2853.
7) Lv X, Liu Z, Li L, Xu W, Yuan Y, Liang X, et al. Yezo Virus Inf ection in Tick-Bitten Patient and Ticks, Northeastern China - Volume 29, Number 4-April 2023 - Emerging Infectious Diseases journal - CDC. Emerg Infect Dis 2023;29:797-800. https://doi.org/10.3201/eid2904.220885.(accessed. March 18,2024)

