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HosCom 2024 vol.21 no.1

エキスパートに聞く

J-SIPHEの活用〜手指衛生遵守率改善にむけて〜(多角的な手指衛生の評価)

田島 太一
国立国際医療研究センター 厚生労働省委託事業AMR臨床リファレンスセンター 特任研究員
松永 展明
国立国際医療研究センター 厚生労働省委託事業AMR臨床リファレンスセンター 臨床疫学室長

※本記事は、「HosCom 2024 vol.21 no.1(2024年3月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。

はじめに

日本政府は2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」を策定し、普及啓発・教育、動向調査・監視(薬剤耐性や抗微生物剤の使用量)、感染予防・管理、抗微生物剤の適正使用等の各分野に関した取り組みを進めました。このような背景を受け、感染対策連携共通プラットフォームJ-SIPHE(ジェイサイフ)が2019年より運用開始となりました。
J-SIPHEは、インターネット環境が整っていれば、ウェブブラウザで操作でき、日頃の薬剤耐性(以下、AMR)対策、および感染対策で扱うサーベイランスを任意で選択し、自動計算された評価指標を用いて、自施設および地域連携で活用することができます。

<J-SIPHEの特徴>

  • データを登録すると自動でグラフが作成される

  • 様々な指標をグラフ化することができAMR対策の意思決定に役立つ

  • グループ機能を用いれば地域連携カンファレンスの際に活用することができる

  • 参加施設の平均値と比較することで自施設の状況が把握できる

J-SIPHEでは、様々な指標を用いて自施設、または地域連携グループのAMR対策に役立てることが可能です。AMR対策で扱う指標の代表例は、抗菌薬使用状況(AUDなど)や薬剤耐性菌(以下、耐性菌)などの微生物検出状況(発生率など)ですが、耐性菌の伝播を防ぐためには「手指衛生状況」の把握も必要不可欠です。微生物の伝播を阻止することができれば、感染症そのものを減らすことができ、抗菌薬を使用する機会も減ると考えられます。また、不適切な抗菌薬の使用状況が長引けば耐性菌発生のリスクは高くなり、更に手指衛生実施状況の改善も乏しいようであれば、耐性菌が拡がり負の循環となります。本稿では、手指衛生実施状況の評価に焦点を当ててJ-SIPHEの活用を交えながら解説します。
antimicrobial use density(抗菌薬使用密度)の略。

手指衛生多角的戦略

手指衛生の改善に向けた活動を行うにあたっては、「A Guide to the Implementation of the WHO Multimodal Hand Hygiene Improvement Strategy」1)が参考になります。
WHOでは図1のように、手指衛生の向上のための戦略に関する行動計画を「SYSTEM CHANGE(システム改革)」、「TRAINING / EDUCATION(研修/教育)」、「EVALUATION AND FEEDBACK(評価およびフィードバック)」、「REMINDERS IN THE WORKPLACE(職場での注意喚起)」、「INSTITUTIONAL SAFETY CLIMATE(組織の安全風土)」の5つの要素に分けて説明しています。
そして、図2のように5つの要素と合わせて、手指衛生5つのタイミング、および段階的アプローチを行うことが手指衛生改善の多角的戦略のアウトラインとしています。この多角的戦略の一部の項目にはなりますが、実践の数値評価である手指衛生サーベイランスは、5つの要素全てに渡って重要と考えられます。

図1 WHO手指衛生改善の多角的戦略の実施ガイド – 行動計画 参考: A Guide to the Implementation of the WHO Multimodal Hand Hygiene Improvement Strategy

図2 WHO手指衛生改善の多角的戦略の概要 参考 : A Guide to the Implementation of the WHO Multimodal Hand Hygiene Improvement Strategy

手指衛生サーベイランス

手指衛生改善の多角的戦略を実践するにあたり、システム改革する上で「実際に手指衛生がどの程度行われているか?」は重要な指標になります。また、研修や教育時にも「実際に手指衛生がどの程度行われているか?」を示すことで説得力のある説明ができます。同様に、評価およびフィードバックの場面や職場での注意喚起などの際にも重要です。そのためには、手指衛生直接観察を行い、数値で評価を行う必要があります。手指衛生を実施する必要がある機会数のうち、実際に手指衛生が実施された数の割合が「手指衛生遵守率(%)」となります。つまり、手指衛生遵守率とは「実際に手指衛生がどの程度行われているか?」なのです。

手指衛生遵守率を算出するためのゴールドスタンダードは、WHOが推奨する5つのタイミング2)での直接観察です。方法論に関してはWHOより詳細な手順「Hand hygiene technical reference manual(手指衛生テクニカルリファレンスマニュアル)」3)が公開されています。AMR臨床リファレンスセンターにより、日本語訳されたものもありますので参考にしてください4)。そして、いくつかの報告では、WHOが推奨する5つのタイミングでの観察を省略化した入退室法での直接観察も代替指標になり、清潔/無菌操作や体液に曝露した可能性のある機会が少ない場所で有用とのことです5)。設置型のカメラなどを用いた電子監視システムによる遵守状況の評価も有用6)ですが、日本では個人情報保護の観点や設置費用の問題などからも一般的にはなっていません。ただし、直接観察法は「普段より実施する」というホーソン効果を排除できないため、電子手指消毒ディスペンサーやセンサーなどを用いた遵守状況の評価に関する研究も進んでいます7,8)。また、手指衛生遵守状況を間接的に評価する指標としては、手指消毒剤使用量の測定が挙げられます。手指消毒剤使用量を評価する場合は、実際に使用した手指消毒剤使用量を在院患者延数で割って計算します。

手指消毒剤使用量の測定は、少ないマンパワーで様々な部署で評価できるため日本の感染管理分野でよく利用されています。海外でも手指消毒剤使用量の測定を手指衛生遵守率の代替指標としている場合もあります9)。一方、手指消毒剤のノズル部分を完全に押し切らない場合や、ボトルを潰して手指消毒剤を押し出すタイプでは、手指消毒剤1回量を正確に吐出しているとはいえず、適切な量で手指衛生を実施しているか評価することが難しいといわれています10)。また、手指の大きさは個人差があるため手指消毒に必要な1回量も人それぞれですし、手指消毒剤を販売するメーカーの製品ごとにも推奨される1回量は異なる11,12)ため、定期的な直接観察(手指衛生遵守率の評価)との併用が効果的であると考えます。そして、手指消毒剤使用量での評価は、本来必要でないタイミングで手指消毒剤を使用していた場合、表面上は使用量が多くなってしまいます。手指衛生を実施する必要がある機会が多い施設や病棟の場合は、相対的に手指消毒剤使用量が高くなるはずですし、手指消毒剤使用量が多いからといって手指衛生遵守率が高いともいえません。施設や病棟の特性を理解した上で、目標値などを設定し、手指衛生の取り組みの一環として活用すると良いと考えます。

J-SIPHEの活用

J-SIPHEではICT関連情報の項目から手指衛生遵守率と手指消毒剤使用量測定の2種類のサーベイランスを利用することができます。更に、手指衛生遵守率はWHOが推奨する5つのタイミングの方法と入退室法のいずれかを選択することができます。データを登録することにより、データは自動的に保存され指標としてグラフ化されます。現場へのフィードバックや地域連携病院間でのカンファレンスの題材としても利用することができます。

手指衛生データ登録

参加申請を終えた後、J-SIPHEにログインし、ICT関連情報というデータ登録ページを開きます。病棟別手指衛生評価という項目がありますので、年月ごとにデータを登録していきます(写真1)。2つのタイミング(入退室法)と5つのタイミングのいずれかを選択し、各職種各機会に機会数と実施数を入力します。手指消毒で実施した手指衛生の実施数、手洗いで実施した手指衛生の実施数も任意で入力できるようになっています。入力支援のためのテンプレートファイル(Excel)をダウンロードし、データを入力し画面上に取り込むことでデータを書き写すことも可能です。手指衛生評価は毎月行う必要はありません。施設の規模や特性にもよりますが、各病棟で年に1回から2回程度実施すると良いでしょう。ただし、あまり少ない機会数ですと正確に評価することができません。WHOによると、評価する際の目安は200機会数となっています。

写真1 手指衛生評価のデータ登録画面/手指衛生評価のデータ入力支援のためのテンプレートファイル

還元情報グラフ

データ登録後は、還元情報一覧から目的に合わせて希望するグラフを選択します。病棟別に手指衛生遵守率を表示したい場合、「手指衛生遵守率の病棟別比較」というグラフを選択してください。データ登録した病棟の手指衛生遵守率が一目瞭然のため、その後の介入に役立てることが可能です。また、実施機会別や職種別の遵守率まで確認できますのでフィードバックの際にも役立てることが可能です。手指衛生遵守率の評価をする上で前年度などの推移を見ることも必要かと思います。折れ線グラフで推移を確認し、介入の効果も評価しましょう。
J-SIPHEはグループ作成機能があり、地域連携病院間で利用することで、それぞれの病院の手指衛生遵守状況を評価できるため、カンファレンス時に活用されるとよいでしょう(写真2-4)。

写真2 還元情報一覧(ICT関連情報)/手指衛生遵守率の病棟別比較のグラフ条件

写真3 手指衛生遵守率の病棟別比較の還元グラフ/手指衛生遵守率の推移の還元グラフ

写真4 地域連携カンファレンス時の利用 ※病棟機能別に集計しグラフ表示することもできる。(例は、左:病院全体 右:クリティカルケア部門)

データの活用

J-SIPHEに登録したデータは、安全なクラウドサーバに保存されます。利用者はインターネット環境さえあれば、いつでもデータをダウンロードでき、独自に分析に利用することも可能です。また、還元グラフの画像や数値もダウンロードできるため、委員会等の資料作りに役立てることもできます。データの保存先としても最適です。
時間はかかるかもしれませんが、まずは年に1度でも良いので、手指衛生直接観察を行い自施設の遵守状況を確認してみてください。余裕が出てきたら地域連携先の施設にも手指衛生遵守状況の評価をお勧めし、地域で手指衛生実施状況の向上を目指してみましょう。

おわりに

J-SIPHEは手指衛生の評価の可視化に便利です。データの管理や可視化(Excelなどでの自力のグラフ作成)に使っていた時間を、他の取り組みに使うことができると考えます。本稿が手指衛生遵守率の向上につながることを願います。併せて、J-SIPHEの利活用をどうぞよろしくお願いいたします。

参考文献

1)World Health Organization. Guide to Implementation. A Guide to the Implementation of the WHO Multimodal Hand Hygiene Improvement Strategy. Available at: https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/70030/WHO_IER_PSP_2009.02_eng.pdf?sequence=1. Accessed December 19, 2023.
2)World Health Organization. WHO guidelines on hand hygiene in health care. Available at:https://www.who.int/publications/i/item/9789241597906. Accessed December 19, 2023.
3)World Health Organization. Hand Hygiene Technical Reference Manual. To be used by health-care workers, trainers and observers of hand hygiene practices. Available at: https://www.who.int/publications/i/item/9789241598606. Accessed December 19, 2023.
4)AMR臨床リファレンスセンター. WHO Hand Hygiene Technical Reference Manual:手指衛生テクニカルリファレンスマニュアル. 医療従事者、手指衛生実践の訓練指導者および観察者向け. Available at: https://amr.ncgm.go.jp/pdf/Hand-hygiene-technical-reference_Japanese-2.pdf. Accessed December 19, 2023.
5)J. William K, Dawn B, Connie S, Thomas D. A response to the article,“ Comparison ofHand Hygiene Monitoring Using the My 5 Moments for Hand Hygiene Method Versus a Wash in-Wash out Method”. American Journal of Infection Control. 1 August 2015. Available at: https://doi.org/10.1016/j.ajic.2015.02.032. Accessed December 19, 2023.
6)John M. Boyce. Electronic monitoring in combination with direct observation as a means to significantly improve hand hygiene compliance. American Journal of Infection Control. 1 May 2017. Available at:https://doi.org/10.1016/j.ajic.2016.11.029. Accessed December 19, 2023.
7)Jocelyn A, Colin D, G Ross B, Michael G. Quantification of the Hawthorne effect in hand hygiene compliance monitoring using an electronic monitoring system: a retrospective cohort study. BMJ. Available at: https://qualitysafety.bmj.com/content/qhc/23/12/974.full.pdf. Accessed December 19, 2023.
8)Stefan H, Jana R, Miriam K, Johannes W, Petra G, Frank M. B, André S, Mathias W. P. Quantifying the Hawthorne Effect in Hand Hygiene Compliance Through Comparing Direct Observation With Automated Hand Hygiene Monitoring. Infect ControlHosp Epidemiol 2015;36(8):957–962. Available at: https://doi.org/10.1017/ice.2015.93. Accessed December 19, 2023.
9)C Dalziel, J McIntyre, A.G Chand, S McWilliam, L Ritchie. Validation of a national hand hygiene proxy measure in NHS Scotland. Journal of Hospital Infection. Volume 98, Issue 4, April 2018, Pages 375-377. Available at: https://doi.org/10.1016/j.jhin.2017.10.001. Accessed December 19, 2023.
10)Leslie, R., Donskey, C., Zabarsky, T. et al. Measuring alcohol-based hand rub volume used by healthcare workers in practice. Antimicrob Resist Infect Control 4 (Suppl1), P295 (2015). Available at: https://doi.org/10.1186/2047-2994-4-S1-P295. Accessed December 19, 2023.
11)Zingg W., Haidegger T., Pittet D. Hand coverage by alcohol-based handrub varies:Volume and hand size matter. (2016) American Journal of Infection Control, 44 (12), pp. 1689-1691. Available at: https://doi.org/10.1016/j.ajic.2016.07.006. Accessed December 19, 2023.
12)Raphaële G, Martine A, Martine E, Anne B, Alice J. Hand rub dose needed for a single disinfection varies according to product: A bias in benchmarking using indirect hand hygiene indicator. Journal of Epidemiology and Global Health. Volume 2, Issue 4, December 2012, Pages 193 – 198. Available at: https://doi.org/10.1016/j.jegh.2012.10.001. Accessed December 19, 2023.

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