HosCom 2023 vol.20 no.3
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コロナ禍におけるAMRの動向と今後の対策
- 日馬 由貴
- 大阪大学大学院 医学系研究科 感染制御学 助教
※本記事は、「HosCom 2023 vol.20 no.3(2023年11月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。
はじめに
2019年、中国武漢で発生した新興感染症ウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、驚異的な感染力と変幻自在の変異により、世界中にパニックを巻き起こした1)。いわゆる「パンデミック」であるが、その裏で密かにその数を増やし、SARS-CoV-2に劣らない規模の感染者、死亡者を生んでいるのが薬剤耐性菌(以下、耐性菌)である。耐性菌はSARS-CoV-2のようにヒトからヒトへわかりやすく拡がるわけではないが、無症状保菌者を通じて穏やかに拡がっていくため、「サイレント・パンデミック」の異名をもつ2)。しかし、耐性菌とSARS-CoV-2のパンデミックとの間には大きな違いがある。それは、SARS-CoV-2が医療の“原因”であるのに対し、耐性菌は“結果”だということである。そのため、耐性菌はSARS-CoV-2への対策と無関係に医療や経済に問題を起こし続け、さらに、SARS-CoV-2(原因)で発生した医療崩壊の<ruby>つけ<rp>[</rp><rt>﹅﹅</rt><rp>]</rp></ruby>は、耐性菌(結果)の発生として返ってくる。つまり、パンデミックにより生じた院内感染対策や抗菌薬適正使用の破綻が、そのまま耐性菌の増加へとつながる可能性があるのである。ここでは、パンデミックにより生じた薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:AMR)の変化について概説する。
AMRの現状
2014年、ゴールドマン・サックスの経済学者であったジム・オニールが当時の状況から推測し、何も対策をしなかった場合、2050年にAMRが世界にどのくらいの被害をもたらすかを試算し、報告した3)。その報告によれば、当時、年間70万人だった耐性菌による死亡者は2050年には1,000万人に膨れ上がり、がんを超えて世界で最もポピュラーな死因になるということであった。この事実を端的に表した図1は、人々にAMRの脅威を伝えるのに有用であり、AMRに関する講義ではお馴染みの図となったが、講義を行う側も受ける側もこの数字は「あくまで推定値」で、危機感を煽るために大げさに言っているのだろうと楽観的な気持ちで捉えていたところがあった。ところが、2022年の調査により、この推定値が確実に現実のものになろうとしていることが明らかになった4)。2019年、世界で年間約495万人が間接的に、その内約127万人が直接的に耐性菌によって命を落としており、特にアフリカや東南アジアがその影響を強く受けていたのである(図2)。現在のところ、人類はAMR対策における最悪のシナリオを歩んでおり、今後一層、AMR対策を強化しなければならない。しかし、その状況に水を差したのが、SARS-CoV-2のパンデミックであった。
パンデミックとAMRの関わり
SARS-CoV-2のパンデミックにより、少なくとも3つのAMR対策が破綻をきたした。1つ目は、サーベイランスシステムの破綻である。アメリカ疾病管理予防センター(以下、CDC)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がAMRに与えた影響に関する報告書(COVID-19:U.S. Impact on Antimicrobial Resistance, Special Report 2022)の中で、サーベイランス検体が約3/4に減少したことを報告している5)。また、低・中所得国を中心として多くの国が、パンデミックにより国家としてAMR対策を制限された6)。日本からもJANISに提出される検体が減少したことにより、サーベイランス結果に影響を受けたことが報告されている7)。2つ目は、院内感染対策の破綻である。前述のCDCによるレポートでは、院内感染およびそれによる死亡が、それぞれ15%増加したことが報告されている5)。また、同じく米国から、2020年の中心静脈関連カテーテル感染症、人工呼吸器関連事象発生率が前年比で1.5倍高かったことが報告されている8)。これらの院内感染の増加はCOVID-19患者数の波と重なり合いながら、2021年にも持続していた9)。院内感染増加の要因には、医療デバイスが必要な重症患者の増加、集中治療室滞在日数の長期化、個人防護具の不足、スタッフの疲弊などの要素が、複合的に絡んでいると考えられる。3つ目は、抗菌薬適正使用の破綻である。パンデミック初期のシステマティックレビューでは、COVID-19への細菌、真菌感染の合併は8%であったにもかかわらず、抗菌薬が使用された患者の割合は全体の72%と高かったことが報告されている。ドイツからは、抗菌薬が投与された群でCRPやプロラクチンが計測されていた割合が高かったことから、抗菌薬投与がバイオマーカーによって決定されていた可能性が指摘されている10)。日本からも、パンデミック後に注射用抗菌薬の使用量が増加したという単施設からの報告がある11)。また、COVID-19に抗菌薬をエンピリックで使用するかを尋ねた国内のアンケート調査では、全体の13%の医師が「COVID-19でエンピリックに抗菌薬を使用する」と回答し、38%の医師が「重症ならばエンピリックに使用する」と回答しており、細菌感染の証拠がなくても抗菌薬が使用されることが伺われた12)。
世界における耐性菌動向の変化
CDCレポートによれば、耐性菌動向について米国では、パンデミック前の2019年と比較し、2020年は院内の耐性菌による感染症が15%増加した。具体的には、カルバペネム耐性アシネトバクターが78%、ESBL産生腸内細菌科細菌が32%、バンコマイシン耐性腸球菌が14%、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌が35%、多剤耐性緑膿菌が32%、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が13%増加した5)。欧州CDCからも、2021年はアシネトバクターや腸球菌などの医療関連感染症が多く発生したことが報告されており13)、日本でも同年、第3世代セファロスポリン耐性大腸菌感染症の増加がみられた14)。また、耐性菌以外にも、カンジダ・オーリスの増加が注目を集めている。カンジダ・オーリスはカンジダの一種だが、カンジダ・アルビカンスと同等の高い病原性があり、フルコナゾールだけでなく、ときにアムホテリシンBでの治療にまで及ぶ強い薬剤耐性(カンジダの薬剤感受性は通常、種により固定だが、カンジダ・オーリスは異なる)を持つ。ヒト―ヒト感染を起こし、院内でアウトブレイクするなど複数の理由から、脅威の真菌と考えられている15)。CDCレポートでは抗真菌薬耐性カンジダ・オーリスが前年比で60%増加したことが報告されており5)、同様のことがイスラエルからも報告されている16)。日本ではまだアウトブレイクの報告はないが、今後はインバウンドの増加が予想されるため、輸入感染症のひとつとして注意が必要である。
われわれは何をすべきか
パンデミックによって破綻した3つの対策、すなわち、サーベイランス、院内感染対策、抗菌薬適正使用を促進していく必要がある。しかし、これは単に「パンデミック前の状態に戻す」ということではない。たとえば、サーベイランスであれば、SARS-CoV-2によって進歩した遺伝子検査をAMRに応用し、耐性菌に対する遺伝子検査(特に、ポイント・オブ・ケアの検査)を臨床現場に拡げるチャンスである。院内感染対策もSARS-CoV-2によって常識が刷新された。飛沫感染対策における目の保護や、エアロゾル対策としての換気は、パンデミック前にはあまり認知されていなかった対策である。また、「院内のどこに感染者がいるかわからない」というパンデミックの経験は、杓子定規的な院内感染対策ではなく、各医療者が感染の危険を判断して手指衛生や個人防護具の装着を行う必要性が強調されたのではないだろうか。抗菌薬適正使用も同様である。COVID-19は初期から細菌感染症を合併していることは少ないが、重症COVID-19では経過中に40%が二次性細菌感染症を伴うという報告もある17)。つまり、抗菌薬は「COVID-19だから使う」というわけでも、「COVID-19だから使わない」というわけでもない。疾患のみで判断する無分別な抗菌薬使用や、バイオマーカー頼りの機械的な抗菌薬使用から脱却し、患者の容態や微生物検査をもとに抗菌薬の適応を判断する感染症診療に発想を転換していく必要がある。すなわち、パンデミックを機に、ピンチをチャンスとして活かすような発想が求められるのである。
おわりに
近年になって新しく認知され、公衆衛生上の脅威となっている感染症を新興感染症と呼ぶ。COVID-19は現代史を代表する新興感染症となったが、耐性菌感染症も新興感染症のひとつであることを忘れてはならない。ここ数年の新興感染症(COVID-19)との戦い、すなわち、すべての医療者が一体となって新興感染症に立ち向かった経験は、耐性菌感染症との戦いにも必ず役に立つであろう。しかし、COVID-19と耐性菌感染症では今後の見通しが全く異なる。COVID-19はどのような形であれ、終わる時(ヒトの社会にウイルスが溶け込む時)が来るだろうが、耐性菌感染症に終わりが来ることはない。なぜなら、医療がある限りAMRは出現し続けるからである。SARS-CoV-2は変化が急速であったため、目まぐるしく対策が入れ替わり、大衆の混乱や不信を巻き起こした。AMRでは大衆を味方につけながら、持続可能な方法で恒久的な対策を続けられるように、仕組みを作っていく必要があるだろう。
引用文献
1)Naseer S, Khalid S, Parveen S, et al. COVID-19 outbreak: Impact on global economy. Front Public Health. 2023;10:1009393.
2)Mahoney AR, Safaee MM, Wuest WM, et al. The silent pandemic: Emergent antibiotic resistances following the global response to SARS-CoV-2. iScien ce. 2021;24:102304.
3)Price R. O'Neill report on antimicrobial resistance: funding for antimicrobial specialists should be improved. Eur J Hosp Pharm. 2016; 23:245-247.
4)Antimicrobial Resistance Collaborators. Global burden of bacterial antimicrobial resistance in 2019: a systematic analysis. Lancet. 2022; 399:629-655.
5)Centers for Disease Control and Prevention. COVID-19 U.S. Impact on antimicrobial resistance. https://www.cdc.gov/drugresistance/pdf/covid19-impact-report-508.pdf Accessed September 5, 2023.
6)Tomczyk S, Taylor A, Brown A, et al. Impact of the COVID-19 pandemic on the
surveillance, prevention and control of antimicrobial resistance: a global survey. J Antimicrob Chemother. 2021;76:3045-3058.
7)Hirabayashi A, Kajihara T, Yahara K, et al. Impact of the COVID-19 pandemic on the surveillance of antimicrobial resistance. J Hosp Infect. 2021; 117:147-156.
8)Weiner-Lastinger LM, Pattabiraman V, Konnor RY, et al. The impact of coronavirus disease 2019 (COVID-19) on healthcare-associated infections in 2020: A summary of data reported to the National Healthcare Safety Network. Infect Control Hosp Epidemiol. 2022;43:12-25.
9)Lastinger LM, Alvarez CR, Kofman A, et al. Continued increases in the incidence of healthcare-associated infection (HAI) during the second year of the coronavirus disease 2019 (COVID-19) pandemic. Infect Control Hosp Epidemiol. 2023; 44:997-1001
10)Lingscheid T, Lippert LJ, Hillus D, et al. Characterization of antimicrobial use and coinfections among hospitalized patients with COVID-19: a prospec tive observational cohort study. Infection. 2022;50:1441-1452.
11)Murakami S, Takamatsu A, Akazawa M, et al. Changes in intravenous and oral antimicrobial prescriptions during the coronavirus disease 2019 (COVID-19) pandemic: an experience at a tertiary-care center. Antimicrob Steward Health c Epidemiol. 2022;2:e53.
12)Takazono T, Mukae H, Izumikawa K, et al. Empirical antibiotic usage and bacterial superinfections in patients with COVID-19 in Japan: A nationwid e survey by the Japanese Respiratory Society. Respir Investig. 2022;60:154-157.
13)European Centre for Disease Prevention and Control and World Health Organization .Antimicrobial resistance surveillance in Europe 2023 - 2021 data. https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/antimicrobial-resistance-surveillance-europe-2023-2021-data Accessed September 5, 2023.
14)薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会. 薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書 2022. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001045158.pdf Accessed September 5, 2023.
15)Černáková L, Roudbary M, Brás S, et al. Candida auris: A Quick Review on Identification, Current Treatments, and Challenges. Int J Mol Sci. 2021; 22:4470.
16)Biran R, Cohen R, Finn T, et al. Nationwide outbreak of Candida auris infections driven by COVID-19 hospitalizations, Israel, 2021-2022. Emerg Infect Dis. 2023;29:1297-1301.
17)Langford BJ, So M, Simeonova M, et al. Antimicrobial resistance in patients with COVID-19: a systematic review and meta-analysis. Lancet Microbe . 2023;4:e179-e191.

