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HosCom 2023 vol.20 no.1

エキスパートに聞く

糖尿病患者・医療従事者の血液曝露対策〜糖尿病治療に関する針刺し・切創ゼロを目指して〜

星野 ゆかり
やまと内科クリニック 看護師/日本糖尿病療養指導士

※本記事は、「HosCom 2023 vol.20 no.1(2023年3月発行)に掲載した内容です。執筆者の所属および記事内容は掲載当時のものであり、現在とは異なる場合があります。

はじめに

2014年の厚生労働省からの通知「医療機関等における院内感染対策について」において、注射針を使用する際、針刺しによる医療従事者等への感染を防止するため「リキャップ」を原則として禁止し、注射針専用の廃棄容器等を適切に配置するとともに、診療の状況など必要に応じて針刺しの防止に配慮した安全器材の活用を検討するなど、適切な感染予防対策を講じるよう注意喚起がなされました1)。しかし、糖尿病治療に関する注射療法において針刺し・切創のリスクは依然として存在しています。

糖尿病の現状と基本治療

2019年の国民健康・栄養調査によると「糖尿病が強く疑われる人(糖尿病有病者)は約1000万人、糖尿病の可能性を否定できない人(糖尿病予備群)は約1000万人」と推計され、日本人の約5人に1人は糖尿病を罹患しているもしくはその予備軍の可能性があるとされています2)。いまや日本人の国民病ともいえる糖尿病ですが、1型糖尿病の発症については世界で地域差があり日本における発症頻度は北欧に比較するときわめて少なく、2型糖尿病が増加しています。2型糖尿病は、インスリン分泌の低下やインスリン抵抗性がつきやすい遺伝的な因子に食生活の乱れや運動不足など糖尿病の発症リスクをアップさせる生活習慣の乱れが生じやすいライフスタイルの方が増えていることと共に、糖尿病を発症しやすい高齢者が増えていることが影響していると考えられます。糖尿病治療の目標は単に血糖値を下げることではなく、糖尿病に関連した合併症の発症や進行を阻止し、健康な人と変わらない生活を送ることです3)。そのためには、食事療法と運動療法が糖尿病治療の柱になります。これは、1型、2型などのタイプにかかわらず、すべての糖尿病に共通する治療の基本です。そして、食事・運動療法をしても血糖をコントロールしきれない場合は薬物療法を行います。1型糖尿病はインスリン療法が必要です。2型糖尿病では、食事療法と運動療法で血糖コントロールが十分得られない時に、病態や高血糖状態に合わせて経口血糖降下薬や、注射としてインスリンあるいはGLP-1受容体作動薬を用います。インスリンの発見から2023年で102年を迎えました。多くの種類のインスリン製剤が製造され、同時に患者の負担軽減のために使いやすいインスリン注入器、より痛みが少なくなるような注射針、インスリンポンプやSAP(リアルタイムCGM機能付インスリンポンプ)などのインスリン治療デバイスが開発されています。2010年にはGLP‐1受容体作動薬が国内で使用できるようになりました。GLP‐1受容体作動薬は血糖値に応じた膵β細胞からのインスリン分泌促進作用に加え、血糖値を上げるグルカゴン分泌の抑制、消化を遅らせて食後高血糖を抑制させ、中枢神経に作用して食欲を減退させる働きもあります。また、単独投与では低血糖リスクも低いとされています。注射薬に関しては現在、国内では6種類のGLP‐1受容体作動薬が販売されており、作用時間に応じ投与回数は1日2回、1日1回、週1回です。この10年の間に投与方法や作用時間が異なる様々な治療薬が開発され、患者の病態や多様なライフスタイルに合わせて、より柔軟に選択できるようになり、注射薬を使用する患者は格段に増えてきました。

糖尿病治療に関わる針刺しリスク

注射療法を行う患者が増えている一方で、エピネット日本版サーベイランス2015によりますと、臨床現場における針刺し・切創の発生件数はリキャップの原則禁止などの啓発活動や針刺し事故防止機構付きの翼状針や静脈留置針の普及により年々減少しているものの、薬剤充填針(インスリン注射介助におけるペン型注入器用注射針)による受傷件数は増加傾向にあります(図1)。國島らが調査した報告によりますと、ペン型注入器用注射針による受傷者は看護師、看護助手が多く、要因としては「リキャップ時」、「注射後の廃棄時」、「前回の針が装着されたままだった」が高い頻度でした。清掃中の清掃員の受傷もありました5)
自己注射が困難な場合、医療施設では看護師の介助が必要になりますが、そもそもペン型注入器用注射針は患者が自己注射をする前提で開発されており、使用済みの針を取り外す際、針ケースによるリキャップが必要であるため、針刺しリスクが減少しない要因の一つになっています。

図1 日本における針刺し・切創の原因器材 4)

針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針の導入

現在では、医療従事者がペン型注入器を使用して患者へ注射する際の針刺し損傷を防ぐ、安全機構を備えたペン型注入器用注射針が販売されています。注射後は自動的に安全機構が作動して針先(患者側)のみを保護する製品や針先(患者側)および後針(カートリッジ側)の両側を保護して針刺し損傷を防止する製品などがあります。
前任の仙台厚生病院では、当時、診療体制の変更に伴い、糖尿病患者をすべての診療科でケアをする必要がありました。そこで、糖尿病専門医でなくても、それぞれの患者に適した糖尿病の治療が出来るように血糖値に応じたインスリンスライディングスケールの院内統一等を含めたマニュアル化を行いました。その際、スライディングスケールで使用するインスリンはシリンジタイプからプレフィルドタイプのペン型注入器へ変更しました。シリンジを使用していた前年度は、7件の受傷報告がありましたが、変更後はシリンジによる受傷数はゼロになりました。しかし、ペン型注入器用注射針の受傷数は無くなりませんでした。そんな時に安全機構付きのペン型注入器用注射針が発売されたと聞き、採用にむけて起案し導入に至りました。導入後、誤った使用方法による受傷が2件ありましたが、適正使用教育を行うことで看護師が実施するインスリン注射に伴う使用済み注射針の受傷数はゼロになりました。しかしながら、針刺し損傷防止機構付きペン型注入器用注射針はあくまでも医療者が患者へ注射する際に使用する注射針であるため、患者自身が自己注射を行った際の不適切な廃棄等により、受傷数はゼロにはなっていません6)

ペン型注入器用注射針の廃棄にまつわる驚きの体験

2016年、日本糖尿病教育・看護学会学術集会において「糖尿病療養に使用した針の廃棄はどうあるべきか」をテーマに交流集会を開催いたしました。在宅で使用した注射針の廃棄は、通院している医療機関や調剤薬局で回収する場合、自治体の収集ルールに則って廃棄してもらう場合など、地域の実情に応じた様々な対応がされています。使用済み注射針は感染性廃棄物として適正に処理されることが必要です。使用済み針の廃棄のあり方を患者や家族、地域を含めた視点で考えていくことが必要であると考え、意見交換をする機会を設けました。そこでは「近所の目や他患者の目が気になる」「針の廃棄方法を教えられていない」「田舎では畑に埋めている人がいる」「船の上から針をそのまま海に捨てている人がいる」、など驚くような体験談もきかれました。また、使用済み針を一般ゴミとして廃棄、公共の場に放置するなど不適切な廃棄により、清掃員やゴミ収集作業員など医療従事者以外の針刺し問題も発生していることがわかりました。在宅医療廃棄物の不適切廃棄については、多くの実態調査でも確認されています8,9)

針刺し・切創ゼロを目指したツールの紹介

このような背景をふまえ、2018年に、糖尿病患者の注射手技に関する針刺し損傷とそれに関わる注射用デバイスの準備、廃棄、注射手技および、その関連領域に関する教育、啓発を目的として、糖尿病の専門家と感染症の専門家の医師・薬剤師・看護師が中心となって糖尿病患者の注射療法に関する感染ネットワークが結成され、「糖尿病患者の注射療法に関する感染マネジメントバンドル」を作成し公開しています。臨床現場におけるプラクティカルな予防策を「注射手技」「教育」「廃棄」「針刺し・切創時の対応」のフェーズ毎にバンドル化することにより針刺し損傷による感染の予防を目指しています。パブリックコメントのご意見から毎年改訂を行い、現在は昨年度のご要望にお応えした「在宅版」を加えた2022年度版を公開しています10)。針刺し・切創ゼロを目指して、適切な感染対策を推進するためのツールの一つとして活用していただければと考えております。ダウンロードして実際に使用した皆様から忌憚のないご意見を賜り、改訂を重ねていきたいと思います(図2)。

図2 糖尿病患者の注射療法に関する感染マネジメントバンドル 10)

おわりに

高齢化により、自己管理能力の低下した高齢糖尿病患者が増加しています。注射療法が必要な患者には、主に家族が患者に代わってこれらの行為を行っていますが、少子高齢化により家族から援助をうけることが困難になれば介護スタッフなどのサポートが必要になってきます。注射療法が必要な糖尿病患者を取り巻くすべての人の血液曝露対策のために、安全機構付きのペン型注入器用注射針の保険適応や多くの企業が安全機構付き注射針の製造・販売へ参入してくださることを切に願います。

引用・参考文献

1)厚生労働省【平成26年12月19日】医療機関における院内感染対策について、2-3. 職業感染防止
2)厚生労働省 令和元年国民健康・栄養調査報告、令和2年12月;124,134-139,159-162
3)日本糖尿病学会 編・著: 糖尿病治療ガイド2020-2021, p.31, 文光堂 2020
4)職業感染制御研究会: エピネット日本版サーベイランス2015(JES2015): http://jrgoicp.umin.ac.jp/index_jes2015.html.2022年12月31日現在.
5)國島広之、山崎行敬、中谷佳子、細川聖子、駒瀬裕子、三田由美子、竹村弘, 針刺し損傷防止機構付ペン型注入器用注射針の導入による医療従事者の効果, 日本環境感染学会誌, 2017; 32(3) : 123-126.
6)星野ゆかり、加島典子、神山美香、柳沼厳弥,糖尿病診療に関する安全管理インスリン・スライディングスケールの標準化と糖尿病サポート室への紹介基準の作成.第56回日本糖尿病学会年次学術集会, 2012年5月.
7)日本糖尿病教育・看護学会ネットワーク委員会・広報委員会合同企画 交流集会,糖尿病療養に使用した針の廃棄はどうあるべきか,第21回日本糖尿病教育・看護学会学術集会,2016年9月
8)杉藤素子、岡田洋右、鳥本桂一、遠田和彦、田中良哉,新幹線車内に不適切に廃棄されたインスリン注射針の実態調査~鉄道清掃員の針刺し事故防止対策~,糖尿病, 2018;61(3) : 822-826.
9)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会 建築物環境衛生管理委員会,医療機関以外における在宅医療廃棄物の廃棄実態調査結果報告書,2011年1月.
10)糖尿病患者の注射療法に関する感染マネジメントバンドル 2022 www.bdj.co.jp/s/dcbundle/.2022年12月31日現在.

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