第9回:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン
薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:AMR)とは
微生物(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫)による感染症に対し、抗微生物剤が無効になる、または、抗微生物剤による効果が減弱する事象。
目次
薬剤耐性の現状
薬剤耐性に関する世界の動向
薬剤耐性菌が世界中に拡大しており、治療に現在使用可能な抗微生物剤が効かなくなってしまう可能性があり、医療の質や安全面で大きな問題となっています。薬剤耐性が拡大した原因は、抗微生物剤の使い過ぎや不適切な使用等が指摘されています。このような状況で薬剤耐性菌が増加する一方、新規の抗微生物剤の開発が減少し、薬剤耐性は今や世界の医療における脅威となっています。
これらに対処すべく、先進国、特にアメリカやイギリスを中心に「薬剤耐性は医療を揺るがす大きな問題であり、薬剤耐性菌の制御は国の危機管理として極めて重要である」として、各国が国レベルで薬剤耐性への対応を進めてきました。2015年5月には、世界保健機関(WHO)総会にて、薬剤耐性に関するグローバルアクションプラン(国際行動計画)が採択され、加盟各国は2年以内に薬剤耐性に対する自国の行動計画を策定するよう要請がなされました。これにより、世界全体で薬剤耐性と戦っていくという動きが活発化しています。
日本と世界における薬剤耐性の状況
日本と諸外国で得ている薬剤耐性のデータは、それぞれ調査方法などが異なるため、簡単に比較できません。しかし、日本での検出状況は、欧米諸国とは異なった様相を示しています。日本では医療現場で問題となる薬剤耐性菌、例えば緑膿菌のカルバペネム耐性率はそれほど高くありません。近年、欧米諸国などで問題となっているカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)についても低い水準を保っています。しかし、市中感染である肺炎球菌のペニシリン耐性率や溶連菌のマクロライド耐性率、黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率などは世界的に見て高い検出率となっています(図参照)。
諸外国の状況を確認すると、北欧は元来から薬剤に対する目が厳しく、薬剤耐性率が低い傾向にあります。先進国の中では、イギリスが比較的早くから薬剤耐性に対する取り組みを開始し、10数年かけて薬剤耐性対策、抗微生物剤適正使用推進等を行い、黄色ブドウ球菌に占めるメチシリン耐性率が大幅に減少するという成果を得ています。また、医療関連感染症や抗微生物剤適正使用のサーベイランス体制を充実させ、イギリス国内の病院は、国内の薬剤耐性菌検出データ、MRSAや大腸菌の菌血症発生率、患者さんへ処方された薬剤情報などをインターネットから確認できるようになっています。これらのデータは、地域ごとにも確認することができます。イギリスでは、国レベル、地域レベルの薬剤耐性対策の現状を誰でも確認することができ、日本も見習いたいと思っています。
日本における薬剤耐性対策の取り組み
薬剤耐性(AMR)対策アクションプランとは?
WHOより薬剤耐性に関するグローバルアクションプランが採択され、加盟各国は2年以内に薬剤耐性に対する自国の行動計画を策定するよう要請がなされたことを受け、日本でも薬剤耐性対策に関する準備を開始しました。2015年12月に薬剤耐性菌に関する検討調整会議を設置し、2016年4月5日に薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020(以下、薬剤耐性対策アクションプラン)が公開されています。
日本での薬剤耐性対策アクションプランは、WHOの薬剤耐性に関するグローバルアクションプランの5つの柱を参考に、次の6分野に関する目標や、戦略・具体的な取り組みが設定されています(表1参照)。
表1:薬剤耐性(AMR)対策の6分野と目標
分野 | 目標 |
普及啓発・教育 | 国民の薬剤耐性に関する知識や理解を深め、専門職等への教育・研修を推進する |
動向調査・監視 | 薬剤耐性及び抗微生物剤の使用量を継続的に監視し、薬剤耐性の変化や拡大の予兆を適確に把握する |
感染予防・管理 | 適切な感染予防・管理の実践により、薬剤耐性微生物の拡大を阻止する |
抗微生物剤の適正使用 | 医療、畜水産等の分野における抗微生物剤の適正な使用を推進する |
研究開発・創薬 | 薬剤耐性の研究や、薬剤耐性微生物に対する予防・診断・治療手段を確保するための研究開発を推進する |
国際協力 | 国際的視野で多分野と協働し、薬剤耐性対策を推進する |
2020年までに達成すべき目標値を設定
薬剤耐性対策アクションプランでは、2020年までに達成すべき成果指標として以下の数値目標を設定しています(表2-4参照)。
表2:主な微生物の薬剤耐性率(医療分野)
指標 | 2014年 | 2020年目標値 |
|---|---|---|
1 肺炎球菌のペニシリン耐性率 | 45%程度 | 15%以下 |
2 黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率 | 50%程度 | 20%以下 |
3 大腸菌のフルオロキノロン耐性率 | 45% | 25%以下 |
4 緑膿菌のカルバペネム(イミペネム)耐性率 | 20% | 10%以下 |
5 大腸菌・肺炎桿菌のカルバペネム耐性率 | 0.1%、0.2% | 0.2%以下に維持 |
表3:ヒトへの抗微生物剤の使用量(人口千人あたりの一日抗菌薬使用量)
指標 | 2020年目標値 |
|---|---|
全体 | 3分の2に減(33%減) |
経口セファロスポリン系薬、フルオロキノロン系薬、マクロライド系薬 | 50%減 |
静注抗菌薬 | 20%減 |
表4:主な微生物の薬剤耐性率(畜産分野)
指標 | 2014年 | 2020年目標値 |
|---|---|---|
大腸菌のテトラサイクリン耐性率 | 45%* | 33%*以下 |
大腸菌の第3世代セファロスポリン耐性率 | 1.5%*(G7各国とほぼ同水準) | 2020年におけるG7各国の数値と同水準 |
大腸菌のフルオロキノロン耐性率 | 4.7%*(G7各国とほぼ同水準) | 2020年におけるG7各国の数値と同水準 |
*:牛、豚及び肉用鶏由来の大腸菌の平均
目標値は、現状のデータや先進国での実績等を踏まえ、厚生労働省で設定しています。このような数値目標を設定している国は加盟各国の中で日本のみです。結果の公表方法は議論中でまだ決まっていませんが、国が達成目標を数値として掲げることは、達成度合いを数値で確認することができ、非常に有意義であると思います。抗微生物剤使用量(人口千人あたりの一日抗菌薬使用量)に関しては、情報収集のための仕組み作りも必要であると考えています。これらの情報収集システムは、様々な形態の医療機関や医療に関連した領域の施設をカバーし、抗微生物剤を使用する施設をすべて対象とする必要があります。また、現場での労力が最小限となるよう、過剰な投資やマンパワーを必要としない情報収集システムを構築していくことが重要と思っています。
薬剤耐性(AMR)対策アクションプランの真の目的
薬剤耐性対策アクションプランでは具体的な数値目標を設定していますが、目標値の達成がゴールというわけではありません。薬剤耐性対策アクションプランの目的は、抗微生物剤に対する薬剤耐性の発生を遅らせ、拡大を防ぐことです。すなわち、持続可能な医療環境を構築するということになります。抗微生物剤は、高度医療や手術、移植医療など様々な場面で使用されています。そのため、薬剤耐性により、使用可能な抗微生物剤が減少すると、治療へ大きな影響を与えることになります。反対に、薬剤耐性の問題を解決することができれば、我々が将来、感染症を患ったとしても、治療の際に使用可能な抗微生物剤が存在することになります。薬剤耐性菌と戦い、持続可能な医療環境を構築するためには、未来でも使用可能な抗微生物剤の存在が必要不可欠です。このようなことは数字だけでは測れない部分もあり、目標値の達成だけではなく、なぜ、何のために実施しているのかといったことを常に問いかけ、医療の持続を意識して対応することが必要です。
薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 6つの柱のポイント
ポイントは薬剤耐性対策アクションプランにすべて記載されています。その中で、私なりの切り口で、6つの柱のポイントをご紹介します。
1.普及啓発・教育
薬剤耐性に関する従来の教育対象は、医療者や獣畜産に関わる人など限定的でした。しかし、抗微生物剤を必要とし、使用しているのは医療者や獣畜産に関わる人だけではなく、一般国民を含めた国民全員です。薬剤耐性菌をコントロールするためには、抗微生物剤を使用する国民全員へ、薬剤耐性の脅威や対応方法を理解してもらい、抗微生物剤の使用方法を変えていくことが必要です。つまり、国民全体へ向けた普及啓発や教育を推進していくべきであり、現在、具体的な方策を検討中です。
イギリスでは、薬剤耐性について一般国民にも分かるよう、物語性を持たせた本(英国政府主席医務官サリー・デイビス氏 THE DRUGS DON'T WORK)が出版されています。この本では、「お薬(抗微生物剤)が効かない」、「薬剤耐性菌ができるということはどういうこと?」といった薬剤耐性の脅威について、わかりやすくまとめています。日本でも同様に、物語性のある本や、絵本などで、薬剤耐性について国民全員が理解できるようなものを作成できたら良いと思っています。その他にも、インターネットやメディアを活用するなど、啓発や教育を行う方法は色々あります。また、様々な職種や立場の人が協力してアイデアを出し合い、キャンペーンなどを展開することができれば、薬剤耐性対策アクションプランが盛り上がり、さらに普及していくのではないかと思います。
2.動向調査・監視
日本では、薬剤耐性菌の発生状況や、医療関連感染症の動向、抗微生物剤の使用量など、個々にまとめられたものはありますが、国として統一化されたデータベースは存在しません。例えば、医療分野では院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)がありますが、対象は入院施設のみで、高齢者施設や外来で処方される抗微生物剤の実態はほとんど把握されていません。各分野での動向を把握するため、人間、動物、食品、環境等に関する総合的な動向調査として、サーベイランスをしっかりと実施していく必要があります。
3.感染予防・管理
病院内での感染予防・管理は従来から実施されていますが、それをさらに強化する取り組みが必要です。感染防止対策加算により、病院での感染対策は飛躍的に進歩しました。一方で、高齢者施設や診療所など感染防止対策加算の対象とならない施設では、感染対策に長けた人が必ずしも存在するわけではありません。それゆえ、日常の感染管理が不十分な場合があり、感染対策に関して「対応に困ることがある」、「どこに相談して良いかわからない」という話を聞くことがあります。また、患者さんは病院、高齢者施設、診療所などを行き来しているケースがあります。そのため、例えば高齢者施設で感染症が発生すると、結果的に病院や地域での感染拡大に繋がる可能性があります。地域一丸となって感染対策を行うため、感染症の専門家である感染症医や感染管理認定看護師などが協力して、地域の施設全体の感染対策を推進していくことが必要だと考えています。今後は、地域での感染対策のレベルアップも含めて、病院、高齢者施設、診療所、在宅医療、さらに行政や研究機関など様々な形態の医療機関や医療に関連した領域の施設が連携できるような、地域ネットワークの仕組み作りが進められていくと思います。
4.抗微生物剤の適正使用
抗微生物剤の適正使用を行う上で、まず実施すべきことは「抗微生物剤を使用する必要がない場面では使用しない」ということです。その上で「本当に抗微生物剤が必要であるか」、「抗微生物剤を適切に使用するためにはどうすれば良いか」ということまで踏み込み、診断から治療までの一連の流れを考える必要があります。実施している診療が患者さんの予後の改善に繋がっているかということを確認し、適切な診療であるかどうかを考えるべきです。そのためには、治療に使用する抗微生物剤の選択や量、検査結果による抗微生物剤の変更など、医療者の診断能力を上げる必要があります。これらの改革には、医療者レベルで診療を変えていくという意識が必要であると感じています。
また、病院以外の施設でも抗微生物剤の適正使用を実施できるような仕組みづくりも不可欠です。感染対策と同様に、病院、診療所、高齢者施設や在宅医療の場などが協力し、地域で一丸となって抗微生物剤の適正使用に取り組む必要があります。そのためには、抗微生物剤の適正使用に関する公的機関からのガイドラインやマニュアルが必要だと思っています。諸外国(アメリカ、欧州、香港など)では公的機関が抗微生物剤適正使用の推進に係るガイドラインやマニュアルを発行しています。しかし、日本ではそのようなガイドラインやマニュアルは存在しておらず、病院ごとに取り組んでいるのが現状です。今後は日本でも、抗微生物剤適正使用に関するガイドラインやマニュアルを作成し、専門家を養成・教育することも必要になると思います。
5.研究開発・創薬
新しい抗微生物剤の開発には多大なコストがかかるため、抗微生物剤の開発は減少しています。その一方で、薬剤耐性菌は増加しており、薬剤耐性菌の治療に使用できる新規の抗微生物剤が減少しているという現実があります。世界全体の医療を考えると、新たな抗微生物剤が開発されない世の中になってしまったということは失敗であり、持続可能な医療環境を構築する上で問題です。それを改善するために、新たな抗微生物剤の研究開発や研究開発から市場で販売されるまでのルートの整備など、産官学で協力して実施していく必要があります。
6.国際協力
薬剤耐性は世界規模での医療の脅威であり、多分野で協力し薬剤耐性対策を推進する必要があります。日本では、以前より薬剤耐性対策や感染予防・管理を推進しており、既に国際協力を展開しています。今後も、薬剤耐性に関するリード国として国際貢献すべく、抗微生物剤の研究開発や感染対策なども含めて、新しい製品や手法を広めていくことが必要だと感じています。それらの製品や手法は、世界全体で使用できるよう、先進国だけではなく途上国を考慮した価格設定にしなければなりません。医療分野での国際協力は外交の一つであるといえます。
ワンヘルス(One Health)
薬剤耐性対策を考える上では、ワンヘルスも外せません。国際的に脅威となる感染症のほとんどは動物にも人間にも感染する感染症(人畜共通感染症)です。そのため、動物と人間、どちらかの問題だけを議論していても解決にはつながりません。薬剤耐性の問題もまさにそうです。人間の世界に薬剤耐性菌の問題があるように、動物の世界にも薬剤耐性菌の問題があります。学問的にはまだ明確に示されていませんが、恐らくそれらは繋がっていると考えられます。そのため、今回の薬剤耐性対策アクションプランでも、医療だけではなく家畜や農産物に関しても組み込み、人間、動物といった垣根を越えた世界規模での取り組みが必要になってきています。
薬剤耐性(AMR)対策アクションプランを達成するために
薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン達成のため、医療機関で実施すべきこと
薬剤耐性対策アクションプラン達成のために具体的にどのような対策をとるべきか、気になっている医療機関も多いと思います。政府機関や厚生労働省などといった、国から発信する具体的な方策は現在検討中です。これらの方策を確認した上で対策をとるという考え方もありますが、それには時間がかかると思います。現段階で、医療機関で日頃から取り組める対策もあります。薬剤耐性対策アクションプラン6つの柱のポイントでも述べましたが、薬剤耐性対策アクションプランを達成するためには、各医療機関での感染予防・管理や抗微生物剤の適正使用などを日頃から適切に実施することが重要です。例えば、「風邪に抗菌薬を使わないようにするためにはどうしたら良いか?」といったことは、臨床現場で日常から検討できます。そして、実際に臨床現場でどのような対策を行っているのか、それがどのような結果に結び付いたのかということを報告し、論文にすることで、臨床現場で実施可能な対策や実現可能な対策をアピールしても良いと思います。自分たちが実践してきた対策が成果をあげ、それが評価されれば、国の方策に認められることになるでしょう。国の方策になれば、他の病院でもその対策を実践することになります。そして、最終的にその対策が日本全国で実施されることで、日本における薬剤耐性対策が功をなし、世の中が変わっていくかもしれません。そういう意味では、自分たちの日々の実践が今後の持続可能な医療環境の構築に繋がっているといえます。これは誰か1人だけが、どこかの病院だけが頑張れば良いというものではありません。日本全体で協力して薬剤耐性対策に取り組み、その結果を世界へ情報発信すると共に、各国と力を合わせて実施することが重要です。
取材日:2016年1月28日
インタビュー:サラヤ 吉田、遠藤、羽鳥


