第7回:新規遺伝子型ノロウイルスGⅡ.17の概要と発生
ノロウイルス感染症とは
ノロウイルス(ノーウォークウイルス)によって引き起こされる感染症で、五類感染症定点把握疾患に位置付けられている感染性胃腸炎の1つ。特に冬季に多く見られ、幅広い年齢層に胃腸炎を起こす。
目次
ノロウイルスとは
ノロウイルスの分類
ウイルスの科(Family)、属(Genus)は、形態学的特徴、ゲノム構造などにより国際ウイルス命名委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses;ICTV)により決められています。ノロウイルスはカリシウイルス科(Caliciviridae)に属するウイルスの1つです。カリシウイルス科(Caliciviridae)には、ノロウイルス属(Norovirus)、サポウイルス属(Sapovirus)、べジウイルス属(Vesivirus)、ラゴウイルス属(Lagovirus)、ネボウイルス属(Nebovirus)の5つのウイルス属が存在します。ノロウイルス属(Norovirus)には、唯一のウイルス種としてノーウォークウイルス種(Norwalk viruses)が存在しています。我々が通常使用している"ノロウイルス"という呼び名はウイルス属名を示すものであり、本来はノーウォークウイルスと呼ばれるべきです。しかし、多くの学術論文ではノロウイルスという名称が使用されています。この慣例に従い、本稿ではノロウイルスを使用します。
ノロウイルスには5つの遺伝子群(GⅠ‐V)が存在します。そのうち、ヒトに感染するのはGⅠ, 9種類、GⅡ, 19種類、GⅣ, 1種類の計29種類の遺伝子型で、これらの遺伝子型が毎年少しずつ変異したり、主要流行株(dominant strain)の遺伝子型が置き換わることで流行が継続しています。
ノロウイルスの構造・感染様式
ノロウイルスは直径約38nm(100万分の38mm)と非常に小さい球形のウイルスで、最新の知見※では100-1000粒子がヒトの体に入ると感染すると考えられます。
※参考文献:Atmar RL, et al. Determination of the 50% human infectious dose for Norwalk virus. J Infect Dis. 209(7):1016-1022. 2014.
ノロウイルスのゲノムは、全長約7.6kbの一本鎖RNAで、ウイルスの複製に関与する非構造蛋白質をコードするORF1、構造蛋白質VP1をコードするORF2、VP2をコードするORF3が存在します(図1)。ノロウイルスはORF1とORF2のつなぎ目あたりで、ゲノムの組み換えを起こします。ゲノムを組み替えたウイルスはキメラウイルスと呼ばれます。
※ORF:Open Reading Frame
ノロウイルスの表面には小さな突起物がたくさんあり(図2)、プロトゥルーディングドメイン(Pドメイン)と呼ばれています。Pドメインは、ウイルス粒子を構成する主要タンパク質であるVP1(キャプシド)の一部分で有り、アミノ酸配列が多様性に富むため、ノロウイルスは多様な抗原性を示すと考えられています。
Pドメインには、組織結合血液型抗原(HBGA)が結合するポケットがあります。HBGA自体はウイルスの粒子を取り込むレセプターではありませんが、腸管表面に分泌されている粘液の層(ムチン層)に沢山含まれており、ノロウイルスはHBGAに結合することで、腸管表面に引っかかることができるのです。その後、ウイルスは粘液の中をブラウン運動で進み、最終的にウイルスの取り込みに関与するレセプターを持つ細胞の中に取り込まれます。ノロウイルスは、このようにして腸管表面をカバーしているムチン層に結合した後、細胞表面のレセプターへ結合、侵入というステップを経て、感染すると考えられています。
ノロウイルスの感染防御には腸管表面に分泌されるIgA抗体が重要な役割を担っています。ノロウイルス粒子単体に分泌型IgA抗体が結合した状態を図3に示します。図3左側のようにノロウイルスにIgA抗体が結合すると、ムチン層への結合が物理的に阻害されるため、感染の確率が低下します。感染防御には他の免疫システムも関与していますが、まず、最初に腸管への接着をどれくらい阻害するかが重要です。分泌型IgA抗体は、このステップを押さえることで、感染効率を下げる役割を果たしていると考えられています。
ノロウイルス流行の変遷
ノロウイルス流行パターン
ノロウイルスによる感染性胃腸炎の発生動向は、毎年おおよそ同じような流行パターンで推移します。12月の中旬から終わりに患者数が急増しピークを迎えます。一旦、年末年始に下がった後、1月半ばに向かって再び増加し、その後減少するという2峰性のピークになっています(図4)。例年、11月中旬から報告数は増加しますが、報告数増加のスピードが早く10月終盤から11月初旬(図4の42-44週頃の上がり方が早く)、なおかつ定点あたり報告数が5人を突破するまでの時間が早いと流行が大きくなる傾向があります。実際、2006年や2012年は定点あたり報告数5人を突破するまでの時間が早く、大流行となりました。
ノロウイルス遺伝子型流行の変遷
ノロウイルスの遺伝子型を細かく調べられるようになったのは2005年以降です。
2006年以降のノロウイルス遺伝子型流行の変遷を図5に示します。2009/07シーズンにはGⅡ.4が大流行し、全体の95%を占めていました。それから徐々に減少し、2010/11シーズンはGⅡ.4が35%となり、GⅡ.3に主要流行株の座を一時的に明け渡しています。しかし、次の年にはGⅡ.4が再び上昇し、2012/13シーズンにはGⅡ.4 Sydney 2012という新しい亜型が確認され、大流行しました。2013/14シーズンはGⅡ.4が減少し、GⅡ.2が増加しました。2014/15シーズンは、総数としてはGⅡ.4が多いですが、2015年2月、3月にはGⅡ.17が増加し、主要流行株の入れ替わり現象が見られました。2014/15流行シーズンの終わりに主要流行株となったGⅡ.17が、近年の主要流行株であったGⅡ.4とほぼ完全に入れ替わったため、不顕性感染として継続しながら2015/16シーズンまで残る可能性が高く、2015/16シーズンにはGⅡ.17が流行するのではないかと予測しています。そのため、今回初めて、「GⅡ.17に注意をしましょう」というノロウイルスの流行予報を発表しました(NHKの放送、厚生労働省からのお知らせ)。
新規遺伝子型
新規遺伝子型GⅡ.P17-GⅡ.17 Kawasaki 2014
2013年にノロウイルスサイエンティフィックコミッティー(NoV Scientific Committee;NoV S.C.、現在のNoroNet)よりタイピング方法について論文発表され、ノロウイルスの表記方法は"RdRp領域タイプ-VP1領域タイプ"で表記するように変わってきています。今まではVP1領域のみの分類で十分だと考えられていましたが、非構造蛋白質の変化が病原性やウイルスの増殖速度などに関係する可能性があります。そのため、ORF1の最下流にコードされているRdRp領域タイプ、VP1領域タイプの両方の分類をモニターする必要があり、タイピング方法が変更されました。
2014/15シーズンに検出されたGⅡ.17は正式にはGⅡ.P17- GⅡ.17 Kawasaki2014(以下、GⅡ.17 Kawasaki 2014)となります。このGⅡ.17 Kawasaki 2014は、以前から存在していたGⅡ.17と大幅にキャプシド(VP1)の遺伝子配列が異なり、さらにRdRp領域を含むORF1の配列は、人類が初めて出会う全くの新規遺伝子であるため、新しい遺伝子番号GⅡ.P17が与えられました。このようにGⅡ.17 Kawasaki 2014は、新型ウイルスと言っても差し支えないでしょう。表記は、VP1領域タイプについてはかろうじてGⅡ.17に分類されているため、GII.17の後ろにKawasaki2014を付与して表記することとしました。
GⅡ.4 Sydney 2012とGⅡ.17 Kawasaki 2014のウイルス様中空粒子(VLP)の写真を図6に示します。VLPは粒子構造が感染性ノロウイルス粒子とほぼ同様な粒子で、同等の抗原性を有するとされています。しかし、中空で内部にゲノムRNAを持っていないため感染性はありません。
GⅡ.4 Sydney 2012とGⅡ.17 Kawasaki 2014の形はほとんど変わらず、見た目で区別することはできません。また、GⅡ.17 Kawasaki 2014はGⅡ.4や以前のGⅡ.17など他の遺伝子型のウイルスと比較して、臨床症状の違いは報告されておらず、病原性や症状はこれまで報告されている内容と変わりありません。ただし、主要流行株がGⅡ.4からGⅡ.17 Kawasaki2014へ入れ替わっているということは、ノロウイルスの抗原性が大きく変化したということであり、これまでのGII.4の感染経験で獲得した抗体や他の免疫による防御システムも含めて反応しにくくなっていると考えられます。そのため、とても感染しやすい無防備な状態になっており、例年以上に注意が必要です。
台湾では、2014年にすでにGⅡ.17 Kawasaki 2014による大流行を記録しており、2015年も検出されたノロウイルスのほとんどがGⅡ.17 Kawasaki 2014であったとの情報があります。日本でも同じような現象が起こるのではないかと予測しています。日本では、GⅡ.17 Kawasaki2014が2014/15シーズンの2月に急増して主要流行株となりました。ノロウイルス流行に関しては、10月後半42-44週の立ち上がりが重要であるため、今シーズン(2015/16)の動向を注視しているところです。
おわりに
GⅡ.17 Kawasaki 2014は、新規遺伝子型のノロウイルスだからといって、特別な対策を取る必要はありません。しかし、多くの人が感染しやすくなっていることを認識して、例年以上に基本的なノロウイルス対策を徹底して実施することが重要です。さらにやっかいなことに、3歳未満65才以上の年齢層に保険適応されているノロウイルスの簡易検査キットで検出されにくいとの報告があります。医療機関では、ノロウイルスの診断を簡易検査キットに頼るのではなく、臨床所見でノロウイルス感染症を判断していただく必要があります。臨床所見でノロウイルス感染症が疑われる場合は、手指衛生や嘔吐物処理などの基本的なノロウイルスの二次感染防止対策をしっかりと実施するように指導することが大切です。一般社会では、食物(食事限定ではなく食べもの全般)に触れる前、トイレの後、外から帰宅した際などには必ず石けんを使用して手全体をもみ洗いし、その後石けんが落ちるまで流水で良く流すことが大切です。そうすることで、手の表面に付着しているウイルスの大部分を洗い流すことができ、手指からの感染のリスクを下げることにつながります。また、流行期の外出には、マスクを着用することもノロウイルスの付着したホコリや、ノロウイルスを含む飛沫からの感染のリスクを下げる効果があります。
ヒトに感染するノロウイルスは、ヒトの細胞にのみ感染が可能で、細胞内で増殖する際に遺伝子を進化させます。ウイルスの増殖と、それを排除しようとするヒトの感染防御機構のせめぎ合いが、皮肉なことにノロウイルスの進化の原動力なのです。極論すれば、人類がヒトに感染するノロウイルスを進化させているとも言えます。近年、厚生労働科学研究費委託研究費、日本医薬開発機構(AMED)、科研費のサポートを受け、ようやくヒトに感染するノロウイルスを試験管内で増殖させるシステムや、遺伝子操作をしてウイルスの複製を調べるシステムが開発されました。まだ、広く普及していませんが、今後のノロウイルスワクチン開発や、消毒薬の開発、抗ウイルス薬の開発が加速されると期待されています。また、日本医薬開発機構(AMED)の研究補助金を受け、日本を中心として、アジア諸国の流行状況を調べる大規模なノロウイルスの疫学調査と、流行の時系列マップをデータベース化する試みも進行中で有り、これらの情報を利用したノロウイルス流行予測プログラムの開発が進行中です。
取材日:2015年10月21日
インタビュー:サラヤ学術部 吉田・遠藤・羽鳥


