第4回:インフルエンザ
インフルエンザとは
インフルエンザとは、インフルエンザウイルスによる感染症を指す。新たに確認され、ヒトからヒトへ伝染する能力を有することになったインフルエンザウイルスを「新型インフルエンザウイルス」、このウイルスによる感染症を「新型インフルエンザ」と呼ぶ。
本記事では、2009年に発生し、世界各国へ瞬く間にまん延したインフルエンザA(H1N1)ウイルスによる感染症を便宜上「新型インフルエンザ」と記載している。
目次
インフルエンザ:今シーズンの動向と昨シーズンの新型インフルエンザパンデミック
新たな新型インフルエンザ対策の準備
神戸市の話で恐縮ですが、今シーズン(2009/11シーズン、以下「今シーズン」と記す)のインフルエンザは先々週ピークを迎え、報告数は減少しつつあるものの、いまだ注意が必要な状態です※(※2011年2月23日現在)。
2008年以前の、いわゆる通常の季節性インフルエンザは、11月頃から報告数が増え始め、1月、2月にピークを迎えて3月頃終息し、その後B型のインフルエンザが増え始めるというのが日本における一般的な流行パターンです。ところが2009年5月に日本でも発生した新型インフルエンザは、8月から報告数が増加し始め、9月、10月に第一波のピークを迎えて12月には減少する、通常とは異なる形を示しました。今シーズンも同じような動向を示すのかと構えていましたが、現在のところ2008年以前の季節性インフルエンザと同じように推移しています。そのため、このまま終息すると、その後B型インフルエンザが増加すると予想されます。
また今シーズンは、流行当初、A香港型(A/H3N2)の季節性インフルエンザウイルスが多く検出されていましたが、最近は新型インフルエンザウイルス(AH1pdm)が多く検出されるようになっています。さらに、感染者の年代が昨シーズン(2009/10シーズン、以下「昨シーズン」と記す)よりも高い年齢にシフトし、季節性インフルエンザのパターンになりつつあると言えます。これは学術的な見解ではありませんが、昨シーズン新型インフルエンザが流行したときに若年層が一気に感染して免疫を持ったために、今シーズンの初めはA香港型の季節性インフルエンザウイルスが多く検出されたことが理由の1つにあると思います。その後、昨シーズン感染せずに免疫を持たなかった集団が、ここ最近、新型インフルエンザに罹患しているように感じます。
インフルエンザ対策:パンデミック時、施設の機能を落とさないために
新たな新型インフルエンザ対策の準備
2008年以前、新型インフルエンザ対策と言えばH5N1という高病原性鳥インフルエンザがヒト-ヒト感染することを想定して策定されていました。ところが2009年に発生した新型インフルエンザはそれほど毒性が高くなく、予想を上回る速さで国内にまん延したため、当初のシミュレーションがまったく意味をなさなくなりました。そして、当初策定されていたマニュアルやガイドラインに従いつつ、一方で実際に発生した新型インフルエンザに応じて策定された新たな指針等が出されてしまったために、現場は混乱を来たしました。
そこで、神戸市では、現在すでに次に起こり得る新たな新型インフルエンザ対策として、H5N1などの病原性が高い新型インフルエンザと、2009年に発生した新型インフルエンザのようにそれほど毒性の高くない新型インフルエンザの両方に対応可能な対策を考えています。これは2009年に発生した新型インフルエンザ対応で得た教訓をも活かしたもので、神戸市と医師会、保健所、行政が一丸となって対応していこうとするものです。
対策の要は情報共有!地域全体で医療を行う構想
新型インフルエンザは新たな感染症であるため、発生するとパニックになる可能性があります。そのため、安心を担保するために、一般の方や専門家を含むすべてのヒトが情報共有することが非常に大切になります。私たちは2009年の新型インフルエンザ発生により、中高生などがクラスターとなった経験から、地域で起こっている感染症情報の重要性を学び、皆の意識が「全体で医療」をする...という方向に向きました。また、新型インフルエンザ対策として、大学病院も、公的病院も、民間の病院や開業医、ひいては保健師も学校の先生も、地域全体が面と向かわなければならないことを実感しました。
今、神戸市では、神戸大学医学部附属病院が中心となって情報提供の体制を整えているところです(図1)。これは、医療情報を学校の先生にも共有してもらえるよう、これまで連携の外に置かれがちだった市の保健所が中心となって情報を掌握し、教育機関もしくは医療機関に情報提供できる体制になっています。
新型インフルエンザのファーストアタックがあった兵庫県において、当神戸大学病院は唯一の国立大学病院です。
しかし、当院に軽症患者が殺到することはありませんでした。その理由として、「大学病院は、最後の砦としていかなる時もその機能を維持しなければならず、地域の医療水準を低下させないことが使命」だと考え、深刻な患者からは決して逃げないとはっきり表明することで、重篤ではない患者を他の医療機関で受け入れてもらうようにお願いしました。だからこそ開業医や中小病院が多くの患者を積極的に受け入れてくれました。日頃から大学病院、公的病院、民間病院などが同じ目線で協議する調整会議の機会を設けていますので、そこで話し合い、各施設がそれぞれ自分達にできることを精一杯やろうという意識が、神戸の医療機関には強く根付いています。
感染症は昔々からあった疾患ですが、感染症学やその講座というのはまだ新しい分野です。歴史が浅い分、コラボレーションが比較的容易で、横断的に動くことができます。大学間の派閥もあると思いますが、それを超えて協力できたのは、感染症対策が派閥を超えて横断的に行われなければならない医療だということが根底にあると思います。縦社会のチーム医療の中で、横断的に動く感染症対策というものが、国内の地域にも根付いてくれることを願っています。
インフルエンザ診断:迅速診断検査と検体採取
統計のマジック:偽陰性が問題になった新型インフルエンザの迅速診断
今回の新型インフルエンザが発生した当初、使用される迅速診断キットは偽陰性が多く問題視されました。実際、発生当初に神戸市立医療センター中央市民病院が報告した陽性率は53%で、信頼に値しない数字でした。しかしこれには理由があったのです。
これまでの通常の季節性インフルエンザであれば、少し熱があるくらいなら「風邪かもしれない」と一晩眠り、翌朝38℃、39℃の発熱があっていよいよ心配になってから病院を受診するのが一般的でした。時間的には発症から12時間以上経過し24時間以内くらいに受診するということになりますので、ピーク時に検査を受けることになり検出率も高かったと言えます。ところが昨シーズンの新型インフルエンザ発生時は、熱があると新型インフルエンザを疑い、発症から3、4時間しか経過していない時点で病院を受診している...。また、新型かもしれないという不安も受診の早さの理由の一つとして上げられます。来院した患者さんに「明日来て」とは言えませんので、その時点で検体採取をします。しかし、その程度の経過時間では結果が出るわけがありません。そのため、偽陰性がどんどん増えてデータとして如実に現れました。
病棟ラウンドの実施
今回の通知では病棟ラウンドの実施をすすめていますが、その具体的推奨内容については300床以上と300床未満の病院で分けています。300床以上の病院においては、医師、看護師、検査技師、薬剤師から成る感染制御チーム(ICT)を設置し、定期的に病棟ラウンドを行うことがすすめられます。病棟ラウンドは、可能な限り1週間に1度以上の頻度でICTのうち少なくとも2名以上の参加で行うことが望ましいという目安が示されています。1000床以上の病院におけるICTのラウンドでは、いくつかのチームに分かれて行うのが効率的ですが、その際も2名以上でラウンドすることが必要です。
300床未満の病院は病棟ラウンドが困難な有床診療所等も含まれるため、必要に応じて地域の専門家等に相談できる体制を整備することとしています。
検査精度向上のための検証
技術者間の差を最低限に抑えるため、対象診療科について、時間内は感染制御部と感染症内科に固定し、時間外は救急部のみとしました。次いで、検体採取は医師の指導監督下に特定の臨床検査技師に絞り、時間外はトレーニングを受けた救急部の当直医としました。調査対象は2009年8月から2010年1月の期間内にインフルエンザ様疾患と診断された200症例で、迅速診断検査とRT-PCR検査を行い、いずれかの検査で陽性になったものは組織細胞培養で確認しました。その結果を表1に示します。実際は、200名の患者のうち、迅速診断検査陽性・PCR陽性は67件、偽迅速陰性・PCR陽性は13件で迅速検査の感度は83.75%でした。これだけのデータであれば、迅速診断の使用に耐え得る結果と言えます。
表1:新型インフルエンザ診断の感度と特異度
成績 | |||
|---|---|---|---|
PCR検査 | |||
迅速検査 | 陽性 | 陰性 | 合計 |
陽性 | 67 | 2 | 69 |
陰性 | 13 | 118 | 131 |
合計 | 80 | 120 | 200 |
↑感度は83.75%、特異度は98.33%
当時、論議にもなったのですが、患者の鼻に綿棒を挿入して検体を採取するのは医療行為にあたるため、それを臨床検査技師が行うことは、厳密に言えば違法行為になります。しかし、2009年のパンデミック段階では、検査精度を維持するためにも、行政は臨床検査技師による採取を容認しました。
検査精度を左右する「検体採取」
インフルエンザの検体は、鼻のかなり奥にある鼻咽頭に綿棒を挿入して採取します。
鼻に綿棒を挿入して検体を採取する検査はMRSA、アデノウイルス、溶連菌など、インフルエンザウイルス以外にもあり、それぞれ採取部位が異なります。例えばMRSAは鼻前庭(鼻をほじるくらいの位置)から採取します。この場合、インフルエンザのように奥まで綿棒を入れても、そこにMRSAはいません。反対にインフルエンザは鼻の奥にいますので、鼻前庭を擦過しても採取できません。従って、検体採取は非常に重要なステップと言えます。良い検査材料であれば、検査技術に左右されず結果は出ます。反対に、検体にウイルスが含まれていなければ、いくら検査技術が良く、精度の高い機械を使っていても陰性にしかなりません。
臨床検査技師による検体採取の重要性
新型インフルエンザ発生に伴い、医師の指導監督下にある臨床検査技師が患者鼻咽頭から検体採取することを厚生労働省が容認したのは、日本臨床検査技師会の働きかけの他に、医師不足問題も背景にあると思います。「医業分業」という言葉がありますが、医師不足を解消できずにいる現状では、医師の仕事を軽減するしか、今は方法がありません。これまで医師や歯科医師しか実施できなかった気管挿管が、トレーニングを受けた救命救急士にも認可されるよう法整備がなされた今の時代、この分業の流れを推し進め、我々メディカルスタッフが自分達のテリトリーを広げていかなければ、その専門性はまったく伸びていかないと思います。さほど侵襲性の高くない検体採取であれば、本来臨床検査技師がきちんとトレーニングを積んだうえで行うべきことだと思っています。適切な検体を採取し、検査結果を報告するまでが臨床検査技師の仕事、臨床検査ではないでしょうか。技師達が臨床検査を一環して行うことで、検査精度は保たれると考えます。
さいごに
患者安全のために、平時は無理をしない
新型インフルエンザを経験して感じたのは、医療従事者の意識の変化です。当院では、昔から感染制御部がスタッフの感染症スクリーニングを実施し、例えば発熱や下痢などの感染症を疑う症状がある場合には申し出るよう網を張っていました。以前までは少しの体調不良では無理をして業務を遂行しているケースが多く見られましたが、新型インフルエンザを経験した今、少しでも疑わしい症状があればすぐに申し出てくれるようになりました。このことで、医療従事者が感染源となる感染の拡大を未然に防げているのかも知れません。体調の悪い時に無理をすれば、他のスタッフに迷惑をかける以前に患者さんに迷惑がかかります。「無理をしない」ことが、患者さんに病原ウイルスを伝播させない歯止めになってきていると感じます。
取材日:2011年2月23日
インタビュー:サラヤ学術部 吉田・小松


