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第21回:歯科診療所における職業感染対策の問題と効果的な感染対策

公益社団法人 大阪府看護協会 危機管理室 感染対策担当部長補佐
岡森 景子

はじめに

厚生労働省の2023年のデータによると、我が国には、歯科診療所が66,818施設あります1)。ちなみに、コンビニエンスストアの店舗数は55,692店(2024年11月現在)2)なので、いかに歯科診療所がたくさんあるかということがお分かりいただけると思います。また、1診療所あたりのスタッフ数は平均歯科医師数1.5人、平均歯科衛生士数2.0人で、常勤換算の従事者数(総数)の平均は5.1人と報告されています1)
歯科診療所においても職業感染対策の体制を整備することは当然必要ですが、歯科助手など専門資格を有しないスタッフを含む小規模施設では、難しいことも多々あるかと思います。本稿が、歯科診療所での職業感染対策として、曝露リスクの問題や効果的な感染対策について考え、スタッフの方々が安全に勤務できる職場環境を整備するための一助になれば幸いです。

歯科医療従事者の曝露リスク

歯科診療において、歯科医療従事者が口腔内の狭い領域で鋭利器材を使用することによる針刺し・切創や、エンジンを用いた切削操作等によって発生した飛沫の粘膜接触や吸入による曝露リスクがあることは、感染対策に関わっておられる皆さまなら容易に想像していただけるでしょう。表1に『歯科医療における感染管理のためのCDCガイドライン』に記載されている伝播経路を示しました。伝播経路に関しては医科と歯科との違いはありませんが、診療科の特殊性として、患者との距離が近く、観血的処置が多いことから、曝露リスクの頻度は圧倒的に歯科の方が多いと考えます。

表1 歯科医療現場での伝播経路

実際の歯科医療従事者の曝露場面と予防対策の例を表2に示しました。曝露場面については、主に診療中は歯科医師が、後片付け中は歯科衛生士や歯科助手が該当します。予防対策の例にも挙げているように、曝露リスクを下げるためには、診療や後片付け中に生じるリスクを把握しそれに合った対策をとることが必要となります。

表2 歯科医療従事者の曝露場面と予防対策の例

職業感染対策の具体策①
B型肝炎ワクチンの接種と抗体獲得の確認

ワクチンによって予防できる感染症に対しては、あらかじめワクチン接種を済ませておくことは、すべての医療従事者にとって基本中の基本です。医療従事者に接種が推奨されるワクチンはたくさんありますが、歯科医療従事者にとって最も優先度が高いものは、やはりB型肝炎ワクチン(以下、HBワクチン)だと考えます。
HBワクチンは、予防接種法施行令等の改正4)により2016(平成28)年10月1日から定期接種となり、同年4月1日以降に出生した児に対しても1歳になるまでに3回のワクチン接種が行われるようになりました。これは、B型肝炎ウイルスによる感染の伝播は、職業上の曝露だけではなく日常生活でも起こる可能性があり、公衆衛生上すべての人に必要なワクチン(ユニバーサルワクチネーションのひとつ)として認識されるようになったからです。
しかし、歯科医師を対象としたHBワクチン接種に関する調査によると、ワクチン接種歴があると回答した人のうち、添付文書に基づき3回接種した人は20.6%、2回接種のみは42.8%と報告されています5)。近年、大学や専門学校などの基礎教育中の実習前にワクチン接種の機会を設けている学校も増えています。その一方で、ワクチン接種の機会が開始される以前に基礎教育を卒業した人は、今まで一度もHBワクチンを接種していない、または接種回数が不足していることがあります。十分な抗体を獲得していないと、業務中の曝露によりB型肝炎ウイルスに感染する可能性が残ります。
スタッフがB型肝炎の抗体を保有している場合は、曝露発生時も感染のリスクはほぼなく、予防薬投与の必要もありません。歯科診療所に新しく入職するスタッフ(特に歯科助手)においても、過去にHBワクチンの接種を受ける機会がなかったかもしれませんので、血液検査でB型肝炎の抗体の獲得有無を確認し、不十分な場合はワクチン接種を受けた後に就業することが強く推奨されます。

職業感染対策の具体策②
曝露後対応の整備

連携医療施設の確保と曝露後対応の手順書の作成・シミュレーション

病院などスタッフ数の多い医療機関では、針刺し・切創および粘膜曝露後の対応に関する手順書は概ね整備されています。曝露後の対応フローの一例を図1に示します。曝露発生直後には、曝露者自身が曝露部位の洗浄を行い、管理者に報告しなければなりませんが、その後は医師による診察と汚染源となる患者や曝露者の感染症検査、感染リスクに応じて予防薬投与の検討が必要となります。しかし、歯科診療所には医師が不在のため、職務中のスタッフに曝露が発生しても、自施設内で血液検査や予防薬投与などの「医業」を行うことができません。よって、速やかに医師の診察を受けられるように、あらかじめ協力が得られる近隣の医療機関と連携しておく必要があります。曝露発生時は、曝露したスタッフも慌ててしまい、冷静に対応できないことがありますので、あらかじめ手順書を作成し、平時から曝露発生時対応のシミュレーションをしておくことも大切です。

図1 針刺し・切創、粘膜曝露時の対応フロー(例)

費用の負担と労務災害の手続き

曝露発生時は、曝露したスタッフだけでなく、汚染源となる患者にも連携医療機関を受診し、感染症検査を受けていただくための説明と同意を得なければなりません。その際、交通費や検査費用などは歯科診療所が全額負担します。また、患者が受診や検査を拒否した場合の対応も想定しておくべきです。
曝露したスタッフの感染症検査や曝露後の予防薬投与などは全て保険外診療ですので、高額な費用負担が生じます。労働基準法において、『(療養補償)第七十五条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない』と規定されています。よって、この費用は歯科診療所の管理者が負担することになります。ただし、職務中に曝露が発生した際には、労働者災害補償保険法に基づく労災保険の対象となりますので、申請すれば基本的には補償の対象となります。

職業感染対策の具体策③
曝露発生時の報告と報告書の作成

「針刺し事故」という言葉はもはや死語になっています。なぜなら、医療従事者にとって、職務中に曝露が発生することは、完全に避けることはできないからです。そのため、曝露の発生は突然降りかかった「事故=アクシデント」ではなく、想定されるものとして事前に対策を講じておく必要があります。医療安全でよくいわれる「ヒヤリ・ハット」のように、危険が潜んでいると認識されれば、未然に防ぐためにスタッフ間で情報共有し、対策を検討します。
しかし、平光ら6)による文献レビューでは、「針刺し経験者のうち報告した人の割合」「発生した針刺しのうち報告された件数の割合」のいずれの報告率についても50%を下回っていたとする論文が多くみられたと示されています。報告がない=現状が明らかにならない=対策を検討する機会がないことが示唆されます。小規模な歯科診療所では、統計学的に分析ができるほど発生件数が集積できないかもしれませんが、1例でも発生したときにはスタッフ間で情報を共有し、再発防止を全員で考えることで対策をすすめることができると考えます。
さらに、曝露発生時には、報告書の作成が必要です。曝露発生時の報告は、インシデントレポートでもあり、当事者の個人的責任を追及するものではなく、収集した情報を分析し、医療事故防止の改善策を検討し実施する目的に使用すると厚生労働省も定義しています7)
報告書の書式に決まりはありませんが、一般社団法人職業感染制御研究会8)のエピネット日本版などは、必要な情報が網羅されていますので現在は多くの医療施設で活用されています。また、万が一、不幸にも曝露後に感染症に罹患してしまった場合、労働災害の手続きをする際の根拠になります。曝露が発生した際には、対応が一段落した時点で報告書を作成し、改善策を検討するための資料として保管しておくことが必要です。

職業感染対策の具体策④
器材処理の機械化

再使用器材の洗浄時の曝露リスクを低減するためには、器材に触れる機会を少なくすることが最も簡単で効果的であり、そのためには再生処理の機械化が推奨されます。
ウォッシャー・ディスインフェクター(Washer Disinfector:WD)は、洗浄と熱水消毒を同時に実施してくれる装置です。種類によっては、超音波洗浄の工程が選択できたり、防錆剤を自動で投入できるものもあります。WDは、原則として汚染した器材を専用のワイヤーバスケットに入れるだけで、予備洗浄・洗浄・すすぎ・熱水消毒・乾燥までの工程が自動でできるため、スタッフが器材に触れる機会が最小限となり、針刺し・切創、汚染水飛散による粘膜曝露の予防につながります。また、洗浄処理中は他の業務を進めることができるので業務効率が上がることも期待できます。
整形外科手術用ハンドピースの事例ではありますが、用手洗浄よりも機械洗浄の方が洗浄効果は高く、作業時間も短縮できることが報告されています9)。歯科診療所では、スペース的な問題から小型のWDを選択される場合が多いようですが、診察患者数=使用器材の量に応じて適切な大きさのものを選択するか、複数台購入することもご検討いただきたいと思います。

ウォッシャーディスインフェクター MWD-80UA2 ホシザキ株式会社

オートクレーブには、クラス分類(表3)があり、それぞれ滅菌できる器材が異なります。2017年9月に厚生労働省の通知10)で、歯科用ハンドピースは患者ごとに交換し、オートクレーブ滅菌することが強く勧められています。歯科用ハンドピースは、Class Bでの滅菌が推奨されていますので、自施設での滅菌が適切に実施されているかご確認ください。

卓上高圧蒸気滅菌器 AC-17(Class B)サラヤ株式会社

表3 ヨーロッパ規格 EN13060に基づくオートクレーブのクラス分類

おわりに

ここまで歯科診療所における職業感染に対する対策を中心に記載しましたが、やはり感染対策の基本は「標準予防策」です。全ての血液、体液、分泌物、排泄物(汗を除く)、損傷のある皮膚、粘膜には感染性があると考え、平時からの手指衛生の遵守をはじめ、曝露リスクのある処置を行う際には、適切に個人防護具を着脱します。
私たち医療従事者にとって、日々業務を行う職場環境が安全に配慮されていることは当然であり、また施設管理者はスタッフに対して安全な労働環境を整備する義務があります。歯科医療従事者が安全な環境で勤務できることは、受診する患者にとっても安全に治療が受けられる場所であることに繋がります。より良い感染対策を進めるためには、経費が掛かることもありますが、ご施設の中で優先順位を検討し、少しずつ(優先度の高いものはできるだけ早く)取り組んでいただけることを期待しています。

参考資料

1)厚生労働省. 第10回歯科医療提供体制等に関する検討会. 歯科医療提供体制の現状について. 令和6年12月25日. https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001364222.pdf
2)一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会. コンビニエンスストア統計データ. 2024年11月度. https://www.jfa-fc.or.jp/particle/320.html
3)満田年宏、丸森英史 監訳. 歯科医療における感染管理のためのCDCガイドライン. サラヤ株式会社. 4. 2004. https://med.saraya.com/themes/gakujutsu@medical/guideline/pdf/dentalcdc.pdf
4)各都道府県知事あて厚生労働省健康局長通知. 予防接種法施行令の一部を改正する政令及び予防接種法施行規則及び予防接種実施規則の一部を改正する省令の公布について. 平成28年6月22日.  
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2042&dataType=1&pageNo=1
5)井上貴子、加治屋幹人、加藤正美他. 歯科医師のB型肝炎ワクチン接種状況にみられる問題点. 肝臓. 64(3). 150-51. 2023. https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanzo/64/3/64_150/_pdf
6)平光良充、木戸内清、吉川徹. 針刺しの報告率に関する文献レビュー. 労働科学. 92(5・6). 63-70. 2016
7)厚生労働省. インシデント・医療事故の定義について. 平成19年11月改訂. https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/03/tp0331-2/dl/tp0331-2al_0006.pdf
8)一般社団法人職業感染制御研究会.  http://jrgoicp.umin.ac.jp
9)冨樫清英. 整形外科手術用ハンドピース各種の洗浄方法の検討. 北見赤十字病院誌1(1). 25-27. 2013.
10)厚生労働省医政局歯科保健課長通知. 歯科医療機関における院内感染対策の周知について(依頼). 平成29年9月4日.  https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2927&dataType=1&pageNo=1
11)株式会社ジーシー. 歯科診療における院内感染対策―器材再処理についての標準予防策―. :2025年1月17日現在.  https://www.gc.dental/japan/Infection_Control/sterilization/

2025年2月10日現在

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