第2回:NDM-1産生菌の今後の動向
NDM-1とは
NDM-1とは、ニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1(New Delhi metallo-β-lactamase 1)と呼ばれる酵素のこと。この酵素の働きによりカルバペネムを含むほとんどの抗菌薬は分解され、結果として抗菌薬が効かなくなる(=耐性を示す)。このような酵素を産生する細菌がNDM-1産生菌と呼ばれる。NDM-1産生菌には、プラスミド上にNDM-1を作る遺伝子が存在しており、プラスミドを持たない微生物にもその遺伝情報を伝達することができる。この伝達はまったく異なる種類の細菌間でも起こる。
目次
NDM-1とは
NDM-1とは、一言でいうと、抗菌薬を分解する酵素の1つです。名前の由来は"ニューデリーで分離されたメタロ-β-ラクタマーゼ(New Delhi metallo-β-lactamase)"からきており、インドやパキスタン、バングラデシュにおいてNDM-1産生菌が蔓延している可能性が指摘されています。
細菌はβ-ラクタム剤を分解する酵素(β-ラクタマーゼ)を産生することで本剤に対する耐性を示します。そのβ-ラクタマーゼには多くの種類があり、中でもクラスBに分類されるβ-ラクタマーゼ(メタロ-β-ラクタマーゼ)の新しいタイプとして確認されたのが「NDM-1」です。
このNDM-1という酵素の最も重要な特徴は、ペニシリン、セフェムからカルバペネムにいたるまで、すべてのβ-ラクタム剤を分解する、すなわちβ-ラクタム剤すべてに耐性をもたらす耐性因子であるということです。
NDM-1をとりまく問題点
市中感染として蔓延する危険性
NDM-1を作り出す遺伝子は種類の異なる細菌間でも伝達され、その遺伝情報を得た細菌は、同じくNDM-1を作り出すようになります。
これまでもメタロ-β-ラクタマーゼを産生する細菌は分離されていますが、それは主に緑膿菌やアシネトバクターなどの、日和見感染の原因となる病原性の低い細菌においてでした。ところが、今回報道されている耐性菌の問題点は、大腸菌や肺炎桿菌からNDM-1が検出されていることです。これらの細菌は日和見感染を起こす細菌などと比べると病原性が高く、市中の健常人においても感染症を引き起こすことがあります。また、腸内細菌として健康なヒトの腸管内に常在する細菌でもあります。このような事実から、NDM-1産生菌が医療施設内に限らず、市中感染として蔓延していくことが危惧されています。いつの間にか、私たちの回りがメタロ-β-ラクタマーゼだらけ、NDM-1だらけになる危険性があります。
病原性が強い菌に伝播・蔓延する危険性
大腸菌や肺炎桿菌にこのような遺伝子が確認されたということは、同じ腸内細菌の仲間であるセラチアやプロテウス、エンテロバクターなどの他、もっと病原性の強い赤痢菌やチフス菌などにも遺伝情報が伝達され、これらが耐性を獲得していく可能性もあるということです。そうなると、免疫能が低下した患者だけでなく健康な者も感染する可能性が出てきます。重症・難治例が増加するのみならず、チフス菌などであれば健康な学童が感染して死にいたる場合もあります。
仮に、NDM-1産生の大腸菌がヒトの腸管内に存在し、腸内でより病原性の強いサルモネラなどと一緒になったときに耐性遺伝子が伝達されたとすれば...。これは、大腸菌よりも病原性の強いサルモネラのNDM-1産生菌が誕生する、ということです。このような問題は現実に起ころうとしており、2010年9月にボストンで開催されたICCACという学会では、実際にNDM-1産生遺伝子がサルモネラに伝達されたという報告がありました。
日本における伝播の可能性
現在のところ日本国内でNDM-1産生菌の拡大を強く示唆する報告はありません。しかし、耐性遺伝子の伝播は着実に拡大していると考えることができます。
日本で最初に分離されたNDM-1産生菌は、インドから国内に持ち込まれたものでしたが、2例目として報告された症例はインドへの渡航歴がない患者から分離されたのものでした。つまり、日本国内においても、インドとまったく関係のない所で感染を起こしたということです。その意味では、水面下ですでにNDM-1が拡がっている可能性を、当然考えておかなければなりません。その耐性遺伝子が拡がり、市中に蔓延してすぐにヒトがバタバタと倒れるということはありませんが、5年、10年といった長期で考えた場合、自然界において耐性遺伝子が拡大するということに注意しておく必要があります。
NDM-1産生菌:検出のポイント
カルバペネム耐性菌の分離時が、確認のタイミング
耐性遺伝子の検査はなかなか実施しないと思いますが、NDM-1はいわゆるメタロ-β-ラクタマーゼですので、カルバペネムに耐性を示す大腸菌や肺炎桿菌、緑膿菌などが分離された時がポイントとなります。カルバペネムにまで耐性を示すのは非常に稀なことですので、このような場合にはNDM-1を疑い、確認試験を行うと良いでしょう。確認試験としてSMAディスク法(栄研化学)※1やEtest(AB bioMerieux)※2があります。NDM-1は、SMAディスク法では陰性になる場合がありますが、Etestであればきちんと陽性になります。検査できない施設や十分な検査設備のない施設で疑わしい細菌が分離された場合は、国立感染症研究所や大学など、専門的な機関に相談することが大切です。
※1:セフタジジムとの間で起こるメタロβ-ラクタマーゼ阻害を確認する方法
※2:EDTAによるメタロβラクタマーゼの阻害によって確認する方法
流行地からの帰国者は要注意
NDM-1産生菌の多くは大腸菌や肺炎桿菌で、知らず知らずのうちに宿主の腸管内に紛れて国内に持ち込まれる可能性があります。そのため、インド、パキスタン、バングラデシュなどへの渡航歴のあるヒトにも注意が必要です。
NDM-1産生菌:分離されたら
カルバペネム耐性菌の分離時が、確認のタイミング
NDM-1産生菌は、前出の多剤耐性アシネトバクターと同様、接触感染により伝播します。そのため、接触感染予防策が重要です。
そして、特に注意が必要なのは、NDM-1が腸内細菌から検出された場合、健康なヒトの腸管にも広がっている可能性があるということです。そのため、患者便だけでなく、医療従事者の便からも分離される可能性があります。この点が、NDM-1のやっかいな点です。この腸管内のNDM-1産生菌がすぐに感染症の原因にはなりませんが、院内伝播を防止するためには、手洗いやPPEの適切な使用など、標準予防策の徹底が最も大切です。
さいごに
耐性菌と抗菌薬の追いかけっこ
今回はNDM-1産生菌が問題となっていますが、今後も、新しい耐性遺伝子をもつ細菌が出てくる可能性はあります。細菌の進化と抗菌薬の開発は追いかけっこですから、次から次に新しい耐性菌が出てくる可能性があるでしょう。予想もしない耐性遺伝子が検出されるかも知れない...それを考えて、今、私たちにできることは、耐性菌を「広げない」「作らない」「蔓延させない」ことです。そのためには、NDM-1に限らず、感染症例を現在進行形で正しく捕らえることのできるサーベイランスシステムを構築していくことが重要です。
これからの感染症治療と新薬
そして、もう1つ大切なのは、耐性菌に対する新しい抗菌薬を開発することです。そのためには、これまでの概念にはない、新しいアイデアで治療薬を開発することがとても重要になるかも知れません。そのヒントは、もしかしたら自然界の中にあるのかも知れません。感染症はなくなりませんし、耐性菌問題はこれからますます深刻化するはずです。このままでは、日本の"新しい抗菌薬開発"の遅れにつながりかねません。このようなことをしっかりと考え、政治の仕組みとして動かしていくことが今後の課題です。
取材日:2010年10月27日
インタビュー:サラヤ学術部 小松・吉田


