第18回:医療現場の環境整備におけるノータッチ技術の活用
目次
はじめに
病院環境中には多種多様な細菌が存在し、かつてはこれらの細菌が病院感染の原因菌として重要と考えられてきました。しかし1900年代には床や壁などに付着している細菌と病院感染の発生には関連がないとされ、また消毒薬を用いて環境の消毒をしてもすぐに元の状態に戻るとして、環境を消毒する意義はないとされてきた時代もあります。2000年代になると、多剤耐性菌やクロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile : CD)など、環境との関連が議論されるようになってきました。欧米では既に2000年代から環境に触れることなく殺菌消毒を可能にしたノータッチ技術が登場し、その有効性について報告されるようになり、紫外線照射装置は、国内でも少しずつ普及しています。既に2年が経過したコロナ禍においての環境対策も課題の一つとなり、ノータッチ技術の活用にも関心が高まっています。本稿では、国内外の環境管理の変遷やコロナ禍の状況を踏まえて、施設での環境管理やノータッチ技術をどのように活用していくかについて述べたいと思います。
病院の環境管理の変遷
国内の医療環境における環境整備の基本は、厚生労働省の医政局通知「医療機関等における院内感染対策について」に示されています。その内容は、時代背景を受け、以下に示すCDCガイドラインの影響を受けながら変化しています。
手洗いと病院環境管理のガイドライン19851)
「壁、床などの表面は通常微生物汚染があるものの、これらの環境表面が患者や医療従事者への感染に関わることはまれである。したがってこれらの環境表面を消毒したり、滅菌したりする必要はほとんどない。しかし日常的に汚れをとることは推奨される。」としています。このガイドラインでは薬剤耐性菌についての知見はなく、明確な指針は出されていません。医療施設における環境感染管理のためのガイドライン20032)
環境表面全般について、定期的に清掃すること、ならびに付着した汚物は直ちに清掃することを勧告した上で、汚れの内容が不明な場合や多剤耐性菌による汚染の恐れがある場合には米国環境保護庁(EPA)承認の消毒薬入り洗浄剤で清掃することを勧告しています。環境表面を低頻度接触表面と高頻度接触表面の2つに分類し、概念化した点が大きな特徴です。環境からの感染伝播を制御するためには、手指衛生に加えて、手を汚染させるリスクの高い高頻度接触表面を重点的に対応するといった基本的方針を示しています。医療環境管理における多剤耐性菌管理のためのガイドライン20063)
多剤耐性菌アウトブレイクの報告では、病室環境(ベッド柵、オーバーテーブル、輸液ポンプ、人工呼吸器など)の汚染箇所は広範囲に及ぶことが報告されています4)。また、これらの多剤耐性菌は、湿潤環境においても乾燥した環境表面でも長期間生存できることが知られています5)。多剤耐性菌による環境汚染は、洗浄および消毒手順の遵守欠落にあったとして、環境清掃に関して、(1)清掃スタッフの教育、訓練の強化、(2)高頻度接触表面の清掃の監視、(3)必要によって対象となる患者区域の清掃スタッフの専従化などを勧告しています。医療施設における消毒と滅菌のためのガイドライン20086)
本ガイドラインが発出された時代背景にSARS、ノロウイルスによる感染性胃腸炎、CD関連胃腸炎が問題となり、医療をとりまく環境が変化してきたことがあります。これらの消毒薬に対して抵抗性を示す病原体を保有する患者の病室や器具などの消毒について、詳細に述べられています。
環境整備におけるノータッチ技術の登場
多剤耐性菌における環境対策の一つとして、人の手が触れずに病室環境の殺菌消毒を可能にしたノータッチ技術が登場しました。ノータッチ技術の代表的なものとして蒸気化過酸化水素発生装置(HPV)や紫外線照射装置(UV-C)があります。HPVとUV-Cの特徴を表1に示します。HPVやUV-Cは人体に有害であることから、病室での使用中はドアを閉鎖し、人の出入りを禁止する必要があります。特にHPVは残留ガスがあるため、使用後には長時間のエアレーションを必要とします。殺菌装置を使用した後、直ぐに部屋が使用可能という点では、HPVに比べ、UV-Cの方が実用性が高いといえます。
蒸気化過酸化水素発生装置(HPV)
HPVは2000年代に諸外国で登場し、その適用事例が報告されています。例えば手術室の環境中MRSAの検出率を、HPVの導入により16%から0%に低減した事例、長期急性期ケア病院でのMDRAをHPV導入により24時間後、1週間後に陰性化した事例などです。しかし、HPVは除菌にかかる時間が長いこと、使用後のエアレーションに時間がかかることが最大の弱みであり、実運用の普及には至っていないのが現状です。紫外線照射装置(UV-C)
紫外線(UV)は波長10~400nmの電磁波であり、波長250~260nmを有するものにより、微生物のDNAの分子結合を解離させ死滅させることで殺菌作用を発揮します。微生物の不活化は紫外線(UV)波長(不活化効果は、260nm付近のUV-C光で最大化する)とUV-C線量に大きく依存します(図1)。
使用にあたっては、紫外線照射装置が、有機物や微生物の種類、環境表面の種類、病室の大きさと紫外線照射装置からの距離、ランプの配置、照射が間接的か直接的か、照射時間などの因子によってその効果は左右されます。光が当たらない部分は効果が得られなかったり、距離が遠いほど効果が減弱したりすることに注意が必要です。
多剤耐性菌対策における紫外線照射の有用性
紫外線照射の効果については、種々の微生物(MRSA, VRE, MDRA, CD など)に対して5~25分で3Log以上減少させ、CDにおける照射時間は、それ以外の微生物に比べより多くの時間を要することが報告されています8)。他の多施設ランダム化比較試験では、多剤耐性菌の感染者または保菌者の退院後清掃において用手による環境消毒と紫外線照射を組み合わせた群で多剤耐性菌を10~30%減少させたと報告しています。実運用においても様々な医療関連感染の微生物に有効であったと報告されています9)。
退院時清掃における紫外線殺菌消毒
筆者の施設では、2019年に多剤耐性菌対策として、紫外線照射装置を導入しました。2018年に、海外で医療曝露歴のある患者の多剤耐性アシネトバクターバウマニ(以下MDRA)の持込事例を経験し、退室後の清掃時に、UV-Cを使用しその効果を確認しました。表2に環境培養結果の一部を示します。
紫外線照射の実際は、病室内に患者に使用した器具や機械を入れて、1回の照射を5分とし、設置場所を変えて3回の紫外線照射を実施しました。紫外線照射前の環境表面では、吸引器の圧調整のダイヤル部分、ステンレス台車、吊り上げ式体重測定用シートの表面、カフ圧計などの器具からMDRAが検出されました。紫外線照射装置による照射後の環境サンプリングでは、細菌は検出されませんでした。環境表面に加えて、再使用が必要な医療器具、特に洗浄や消毒が不十分になりやすいものについては、次の患者に使用する場合は、感染のリザーバー(供給源)になる可能性が示唆される結果となりました。したがって用手による環境や器具の清拭消毒に加えてUV-Cを活用することで、施設の環境対策に貢献することが期待されます。
新型コロナウイルスと環境整備
環境表面に付着した新型コロナウイルスは、通常細菌に比べると環境における生存期間は短いものの数時間~数日間は失活することなく生存することが報告されています。新型コロナウイルスの感染経路は、多くが飛沫感染やエアロゾルといわれる微小飛沫による感染といわれており、接触感染の割合は少ないものの、ウイルスで汚染した環境表面に触れた手で自身の鼻や口などに触れると感染は成立します。したがって適切なタイミングでの手指衛生と適切な環境消毒によりウイルス量を低減させることは重要な対策です。
新型コロナウイルスはエンベローブを有するウイルスであり、エンベローブを持たないノロウイルスに比べると、消毒薬に対する抵抗性は高くありません。70%以上のアルコールや0.05%以上の次亜塩素酸Naであれば1分の接触時間で不活化されます。また、一般的な家庭用洗剤に含有される界面活性剤が、新型コロナウイルスを不活化することが報告されており、有効な界面活性剤の種類やそれを有する具体的な製品については、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)10)のホームページ上で公表されています。
自施設では、2019年にUV-Cを導入していたことから、コロナ禍においては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の受け入れ病棟だけでなく、疑い患者の対応後、外来、放射線部、リハビリなど幅広く活用しています。UV-C照射まで必要かどうかについては、検討の余地がありますが、少なくとも施設を利用する患者、職員の安全や安心感につながっていると考えます。
清掃スタッフへの指導教育とUV-Cの効果的活用
国内の病院清掃委託率は9割弱といわれています。ノータッチ技術が普及しつつありますが、感染対策における清掃の基本は高頻度接触表面の清掃や消毒、水周りやトイレといった汚染環境の清掃が重要であることは、変わりません。日常清掃と退院時清掃のメリハリをつけて、手指衛生とともに感染対策に留意した技術指導が重要です。そして、ノータッチ技術を導入している施設では、清掃に携わるスタッフに対して、ノータッチ技術の意義や活用方法などを指導し、効果的な活用が推進されることで医療関連感染を防止することにつなげるものと期待します。
筆者の施設では、日常清掃や退院時清掃は主に看護補助者が担っています。全看護補助者に対して、清掃に係る基本的感染対策の教育指導を行い、2種類の紫外線照射装置の使い方についても演習を実施しています。また、紫外線照射装置については、自動貸出システムによりタッチパネルで簡便に貸出ができる体制を構築しています。これにより、看護師・看護補助者・医療技術職員の誰でも使用でき、幅広く有効に活用できていると考えます。
環境整備におけるノータッチ技術の今後の展望
多剤耐性菌やウイルスは目に見えないものです。細菌やウイルスの保有の有無に関わらず、日常清掃では洗浄剤または消毒薬を用いた清拭清掃を実施する必要があります。特に、多剤耐性菌の保菌者あるいは感染症の患者が使用した病室では、次の患者が多剤耐性菌を獲得するリスクが高いため、退院後の病室清掃や消毒は厳重になされる必要があります。消毒薬含浸のクロスを用いて清拭消毒する方法が一般的となっていますが、用手に頼る清拭消毒のみでは、拭き残しや十分に除菌できない可能性も考慮する必要があります。紫外線照射装置に代表されるノータッチ技術は、そのような感染リスクを回避し、医療関連感染を低減させることが期待されます。国内での知見が集積され、標準的に安全、安心な医療環境提供に寄与するものと考えます。
参考資料
1)CDC: Guideline for handwashing and hospital environmental control, 1985.
2)CDC: Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities. Recommendations of CDC and the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee (HICPAC) , 2003.
3)CDC: Management of Multidrug-Resistant Organisms in Healthcare Settings, 2006.
4)Shimose LA, Masuda E, Sfeir M, et al. Carbapenem-Resistant Acinetobacter baumannii: Concomitant Contamination of Air and Environmental Surfaces. Infect Control Hosp Epidemiol. 2016; 37: 777-781.
5)Kramer A, Schwebke I, Kampf G: How long do nosocomial pathogens persist on inanimate surfaces? A systematic review.BMC Infect Dis. 2006; 6: 130.
6)CDC: Guideline for Disinfection and Sterilization in Healthcare Facilities, 2008.
7)金井信一郎. 環境整備のトレンド&ニュース. INFECTION CONTROL. 大阪, メディカ出版, 27, 2018 . 124-128.
8)Weber DJ, Rutala WA, Anderson DJ, et al, Effectiveness of ultraviolet devices and hydrogen peroxide systems for terminal room decontamination: Focus on clinical trials. Am J Infect Control. 2016; 44: 77-84.
9)Weber DJ, Kanamori H, Rutala WA, 'No touch' technologies for environmental decontamination: focus on ultraviolet devices and hydrogen peroxide systems. Curr Opin Infect Dis 2016; 29:424-431.
10)独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)ホームページ,
https://www.nite.go.jp/information/osirasedetergentlist.html:2022年1月16日現在
11)橋本丈代. 環境整備に用いる殺菌装置. INFECTION CONTROL. 大阪, メディカ出版, 30, 2021. 915-918.
2022年1月16日現在


