第1回:アシネトバクター感染症について
アシネトバクターとは
アシネトバクター(Acinetobacter)は好気性のグラム陰性桿菌で、自然界に広く分布している。通常は無害だが、アシネトバクター属の1つであるアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)などは日和見感染の原因菌として知られる。多剤耐性アシネトバクターとは、アシネトバクター属の中で、複数の抗菌薬に耐性を示すものである。
目次
多剤耐性アシネトバクターとは
多剤耐性アシネトバクターの定義
多剤耐性アシネトバクターの具体的な定義ですが、実はまだ決まっていません。
現時点では、多剤耐性緑膿菌(以下、MDRP)と同様にカルバペネム、アミノグリコシド、フルオロキノロンに耐性を示すことが確認されていますので、この3系統の薬剤に同時に耐性を示すアシネトバクターが「多剤耐性アシネトバクター」であると考えます。
ただし、MDRPとは異なり具体的な基準値までは設定されておらず、これまでは多剤耐性アシネトバクターは「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)」における報告対象疾患には含まれていませんでした。もちろん、重大な院内感染が起こった場合には行政に相談することが必要ですが...。
それにも関わらず、警察が介入してきた事例がありますが、これは医療施設にとって非常に深刻な問題です。
感染症法の改正
多剤耐性アシネトバクターについては、定義付けと法整備を早急に行う必要があります。現在、定義を定めた上で多剤耐性アシネトバクター感染症を五類感染症定点把握疾患に分類する方向で行政は動いていますが、運用開始時期などはまだ検討段階です。ただ、現在これだけ大きな問題となっていますので、それほど時間をかけずに、今後の運用が決定するのではないでしょうか。
多剤耐性アシネトバクターをめぐる現状
多剤耐性アシネトバクターの出現
アシネトバクター自体は環境中に広く分布し、ルーチン検査で検出されることのある、ごくありふれた細菌です。医療関連感染の原因菌として人工呼吸器関連肺炎の患者から分離されることがあり、警戒が必要な微生物として知られていますが、そのほとんどは薬剤の効く「感受性」のアシネトバクターです。ところが、近年、薬剤耐性化したアシネトバクターによる医療関連感染が散見されるようになり、医療現場における大きな関心事となりはじめました。
世界における検出状況
多剤耐性アシネトバクターは10年ほど前から世界的に増え、問題になっています。特に問題となっているのは熱帯や亜熱帯地域で、タイ、インドネシア、東南アジアで蔓延しています。また、アメリカ合衆国の場合では、イラクやアフガニスタンからの帰還兵により本国に持ち込まれ、問題になっています。これは、現地で負傷あるいは罹患した傷病兵が多剤耐性アシネトバクターに感染し、彼らを収容する艦内で感染が拡大、それが本国に持ち込まれて伝播したと考えられます。日本人がこのような地域に行けば、現地で感染し、帰国により日本国内に持ち込まれて拡大する可能性があります。
日本における検出状況
現在の日本では、多剤耐性アシネトバクターの分離頻度は非常に少なく、国立感染症研究所の報告によると0.2%程度(下表参照)となっています。そのため、もし1施設で短期間に本菌が続けて分離された場合は、2例目から院内伝播を考えて、早急に対応をとる必要があります。
多剤耐性アシネトバクター:封じ込めのポイントは「鑑別」「治療」「拡大防止」
鑑別
多剤耐性アシネトバクターが分離された場合、それが感染症の原因菌なのか、環境を汚染している菌なのか、検体採取時のコンタミネーションなのかをまず鑑別することが非常に重要です。もし、感染症の原因菌であった場合は、適切な治療が積極的に行われなければなりません。
治療
多剤耐性アシネトバクターに効果のある抗菌薬は限られているため、併用療法でいかに治療を行うか、あるいはスルバクタム/アンピシリンやスルバクタム/セフォペラゾンなどのスルバクタムというβラクタマーゼ阻害剤は多剤耐性アシネトバクターに対して抗菌力を持つことが知られていますので、それらをどのように使用するのかを考えます。また、高い抗菌活性が確認されているコリスチンやチゲサイクリンを使用する方法もありますが、両剤とも現在の日本では承認されていません(2010年11月1日時点:近く承認される見込み)。そのため、医師が海外から個人輸入したものを施設にストックし、必要であればそのストックを使って治療を行う方法もあります。もし、一般の医療施設で多剤耐性アシネトバクターが分離され、上記対応が困難な場合は、大学病院や国立感染症研究所などの専門家に相談をしてください。
拡大防止:手指衛生と環境管理
多剤耐性アシネトバクターは、MRSAやMDRPなどと同じく、接触感染により伝播するため、医療機関においては標準予防策に加えて接触感染予防策が非常に重要になります。手指衛生はもちろん、PPEの適正使用などの徹底が大切です。
また、アシネトバクターの細菌学的な特徴として、医療施設に限らず家屋も含めた環境・自然界に広く生育していることが挙げられます。特に注意が必要なのは、緑膿菌などと同じくグラム陰性菌として水周りによく生育しているだけでなく、MRSAのようにドアノブや床頭台、カーテンなどの乾燥した環境でも長時間生存できるという点です。湿潤環境にプラスして乾燥環境にも存在している...これがアシネトバクター対策を困難にさせる一因です。環境中のいたるところに広く存在するアシネトバクターが耐性を獲得し、それが定着・増殖してしまえば、深刻な問題に発展しかねません。したがって、ドアノブなどの接触頻度が高い箇所の清掃も非常に重要であると考えます。
多剤耐性アシネトバクターが分離された患者の環境からは、必ずと言ってよいほど本菌が検出されます。そのため、日常的な環境調査は意味がなく、それよりは、分離された患者に適切な対応をとり、その後、その患者から再び検出されないことを確認することが重要です。
多剤耐性アシネトバクター:実際に分離されたらどうすればいい?
分離された場合の対応は臨機応変に
アシネトバクター自体の病原性はそれほど高くありません。そのため、多剤耐性アシネトバクターであっても、MRSAやMDRPと基本的に同じだと考えてよいでしょう。最初の1例、2例程度であれば隔離を行うことも可能だと思いますが、拡大した場合は囲い込みが困難になってきます。基本的にはMRSAと同じように考えて、施設の状況に合わせて臨機応変に、自施設でできる対応を確実にとることが重要です。
いつをもって終息とするか
いつをもって「終息」と判断するのか...これは非常に難しい問題です。ただ1つ言えるのは、アシネトバクターは湿潤環境でも乾燥環境でも長期間生育できることです。また、アシネトバクターは、MRSAや緑膿菌よりも環境中で長く生存できると考えられていますので、例えば隔離1週間で終息とし、対応を解除してもよいのかというと、個人的には少し短いように感じます。もう少し、例えば数週間から1ヶ月程度の期間、その患者から分離されなくなったことを確認してから解除する方が安全ではないかと思います。こちらも患者の様子を見ながら臨機応変に対応するとよいのではないでしょうか。
さいごに
アシネトバクターは環境中に広く存在し、湿潤環境でも乾燥環境でも定着・増殖して長く生き残る微生物です。一旦、多剤耐性アシネトバクターが環境中に広がると、環境から排除することは非常に困難になります。そのため、多剤耐性アシネトバクターが、MRSAに次ぐ、主要な医療関連感染原因菌になることは十分考えられます。
そうさせないためには、施設における多剤耐性アシネトバクターの分離状況をしっかり把握し、コントロールすることが最も重要だと思います。例えば「過去1年間、多剤耐性アシネトバクターは分離されていなかった」ということが判っていても、現在の検出状況が把握できていなければ迅速な対応はとれません。つまり、現在進行形の症例を正しく捉えることのできるサーベイランス体制を構築する必要があります。また、効率的に感染症を追跡するためには、感染制御部と診療医、および検査室が連携して感染対策に臨むことが大切です。
日本における多剤耐性アシネトバクター感染症の感染拡大防止、適正な診断と治療を促進することを目的に、現時点における問題点、将来に向けた改善点について、感染症関連の四学会※から合同で、以下のような提言がまとめられています。学会では、このような働きかけを行うことで、感染症をめぐる諸問題に積極的に対応していこうとしています。
多剤耐性アシネトバクター感染症に対する四学会の提言
多剤耐性の定義を決める必要があります
効果的なサーベイランスの実施とその活用が急務です
現在進行形の症例に役立つサーベイランス体制を促進する必要があります
多剤耐性菌検査が実施できる環境整備が必要です
感染対策への十分な財政的支援が必要です
感染症診療、感染対策に従事する人材の配置と育成が重要です
未承認薬の早期承認が望まれます
新しい治療薬の研究開発を促進する仕組み作りが必要です
※感染症関連の四学会:社団法人日本感染症学会、社団法人日本化学療法学会、日本環境感染学会、日本臨床微生物学会
取材日:2010年10月27日
インタビュー:サラヤ学術部 小松・吉田


